第4話 勧誘-凶蜘蛛と死の王-

 職業安定所を出て、まずユースウェインは自宅に戻った。

 規則により、戻ってから八時間は再びアリスのもとへ行くことはできない。そのため、この八時間でやるべきことを済ませておく必要があるだろう。だからこそ若干の早足で自宅へ戻り、転移陣を設置し、それから向かったのは友人の家だった。

 アリスは人避けの結界を張っているため、大丈夫だろう。だからこそ、貴重な符を使ってまで安全を確保したのだ。

 そしてユースウェインが仲間さえ確保すれば、ユースウェインの不在の際にもアリスは守られる。つまり、いかに今からユースウェインが強者を集めるかによって、アリスの運命も変わるのだ。


 だが――魔力マナ総量、一億。

 それだけの魔力マナがあれば、相当な軍勢を作ることができるだろう。


「アーデルハイド!」


 豪華な家の扉を開き、無遠慮に主人の名を呼ぶ。

 本来、客としてきた者として、失礼極まりない行動だ。だが、このような失礼が許されている程度には信頼されている仲である。

 無駄に広い家の、無駄に広い階段を上る。

 主人からの答えはないが、しかし渦巻く魔力マナがその位置を教えてくれる。そして既に、その顔馴染みはユースウェインの来訪を知っているはずだ。


 渦巻く魔力マナが扉すら超えて迫る、一つの部屋の前へ。


「邪魔をするぞ! アーデルハイド!」


「……相変わらず、きみは礼儀がないねぇ。ユース」


 その部屋にいたのは、二人。

 テーブルを挟んで、恐らく紅茶であろうカップを傾けるのは、二人の女性である。


「久しぶりね、ユース」


「……まったく、もう少し礼儀を覚えてほしいものだよ」


 片方は、ブロンドの長い髪を後ろに流した女性。着ている上等な服に、はち切れんばかりに存在感を主張する胸は、娼婦の匂いすら醸し出している。化粧気のない顔だが整っており、その目の上にある四つの複眼さえなければ完全に美女のそれだ。


 だが、その下半身は――猟奇的な模様をした、蜘蛛である。


「久しいな、レティシア」


 彼女の名は、レティシア・クロック。

 ユースウェインと同じく、『建国王の十信徒』の一人である『雪の槍士』が末裔である。


「随分と慌てて来たのだから、それなりの要件なのだろうね?」


「ああ」


 そして、もう一人もまた、可憐な少女。

 真っ白な髪は染めているわけではなく、生まれつきのものだ。それを後ろで一つにまとめ、頭頂から馬の尻尾のように下ろしている。顔立ちは幼いけれど、しかしどこか妖艶さを持ち合わせるような矛盾を体現しているような少女だった。


 しかし――そのカップを掴む腕は、肉感の何一つない骸骨のそれ。


 アーデルハイド・クリムゾン。

 彼女も同じく、『建国王の十信徒』が一人、『壊の尖兵』が末裔である。


「最近、随分と無駄なことをしている、と噂に聞いていたよ。一体どういうことなんだい?」


「どういうことだ?」


「職安に通っている、と聞いたのさ。ぼくも一度行ったことがあるけれど、無駄足だったよ。ぼくたちの魔力マナ消費量は多すぎて、契約できる相手がいないってさ。まったく、ぼくも機会さえあれば、ご先祖様のように戦いたかったのにね」


「わたしも同じよ、アディ。そもそも、十信徒の末裔は魔力マナが高すぎるんだって」


「そういうことさ、ユース。どうせ君も同じことを言われたのだろう? 悪いけど、きみが騎士バカだってことは知っているけれど、無駄なことはしないよ。ティル・ナ・ノーグに反旗を翻そうと言うなら、今ぼくがここで殺してあげるけど」


「くくっ」


 アーデルハイドの言葉に、ユースウェインがそう笑う。

 兜の下で笑っているため、その笑い声は無表情から来るものにすら思える。だが、ユースウェインは高揚感で溢れていた。

 アーデルハイドも、レティシアも、ユースウェインと同じ望みを持っていた。

 偉大なる先祖のように、誰かのための尖兵となって戦う己を、夢想していたのだ。


「アーデルハイド」


「なんだい? 悪いが、きみの紅茶はないよ」


「お前の持つ『焔腕えんわん』を、存分に振るえると言われれば、興味はないか?」


「……なんだって?」


 アーデルハイドが、目を見開く。

 建国王より『壊の尖兵』へ与えられた、古代遺物アーティファクト

 それは現代の技術によっても創ることのできない、最強の武器や防具のことだ。その中でも第一位から第四位まで位階が振られているそれは、かつて建国王が家臣に授けたとされる伝説が残っている。そして序列が第一位に近ければ近いほど、それは強力な武具なのだ。

 ユースウェインの持つ黒の槍と花弁の盾も、それぞれ古代遺物アーティファクトの一つだ。黒槍は第三位『屠者としゃ』。盾は第二位『華盾かじゅん』。

 かつて『華の将軍』は、この第二位『華盾』を掲げて先頭を走った、とされ、ゆえに二つ名を『華の将軍』とされたのだ。


 そしてアーデルハイドの持つ古代遺物アーティファクト

 かつて『壊の尖兵』と呼ばれた、建国王の十信徒の中でも最強と名高い突撃兵が携えた武器――第一位『焔腕』。

 まさに、最強とさえ呼んで良い武具である。


「どういうことなの? ユースウェイン」


「俺の身を召喚するために必要な魔力マナは、百万だ」


「ぼくも同じような数字を言われたよ」


「だが、俺は契約をすることができた。小さな国の農奴であった少女だが……その持ち得る魔力マナは、一億だ」


「い……!」


「そんな……!」


 アーデルハイド、レティシアの驚きが、兜越しにも伝わってくる。

 彼女らもまた、十信徒の末裔であるがゆえに、持ち得る魔力量が高すぎて燻っていたのだ。

 ならば、彼女らを御すことのできる契約者さえいれば、その望みは叶う。


「ま、待て、ユース。それは……本当なのかい?」


「本当だ。そして現在、我が主……アリス様に仕えている者は、俺しかいない。そして職安のルールを知っているな?」


「確か、七十二時間の労働時間を越えたら、八時間は強制的に休まされる、かしら?」


「ああ。加えて、途中でこちらに戻った場合も同様だ。契約者の元に一度向かい、七十二時間を超えなくともこちらへ帰還した場合は、八時間、転移陣が凍結される」


 面倒なルールだ。そう感じてしまう。

 だが、ユースウェインはそれに従わなければならない。ルールを守らなかった場合、強制的に契約解除の危険もあるのだ。

 折角見つけた主を、このような形で失いたくはない。


「なるほど……面白そうな話じゃないか」


「そうね、アディ。でも……問題はまだあるわ。その子、契約者として相応しいのかしら?」


「ぼくも聞きたいね。ぼくたちが死力を尽くし、仕える価値があるのかい?」


「うむ」


 ユースウェインは、鷹揚に頷いた。

 ユースウェインが誘導した部分もあるが、間違いなく彼女は皇帝を目指すと、そう言ってくれたのだ。

 つまり、大望は持っている。あとは、その大望に至る道を作り出すのが、ユースウェインの仕事だ。


「アリス様の国は、様々な国が群雄割拠をしている戦乱の世だ。アリス様の立場は農奴だが、言った。平和が欲しい、と。そしてそのためならば、己が皇帝になるという覚悟を持っている」


「なんだいなんだい、その面白そうな話は!」


「ただの農奴でしょう? そんな子が王になるなんて、そんなことできるの?」


「俺たちが、そのための武力になれば良い。俺は既に契約を果たした。これから、別の奴も誘いに行く。お前たちもその気ならば、職安へ行け。出来れば、八時間を超えてからが望ましいな。俺が側にいれば、説明ができる」


 ユースウェインは二人の顔を、交互に見やる。

 二人とも、乗り気の顔だ。それだけで、ほっと安堵した。

 元より、アーデルハイドは必ず来るだろう、と思っていたのだ。平穏な毎日に飽き飽きしていたのだから。

 レティシアについては一緒にいることが誤算だったが、それでもこうして乗り気になってくれたことには安心している。


「ユースウェイン」


「うむ」


「きみは騎士の忠義とやらを持って、その少女に仕えているのだろう? だが、悪いけれどぼくは忠義心なんて持っていない。単に、平穏な日々がもううんざりなだけだ。そんな面白そうな娯楽、参加しない理由がない」


「わたしも似たような理由ね。別にその子が悪い子じゃなければ、武力の一助になってもいいわ」


「それで構わぬ。どうせ、気に入るさ」


 くくっ、とユースウェインが笑う。

 この二人がアリスの下につくことは、間違いない。そして、その武力の一助となることも、間違いない。

死の王リッチーロード』アーデルハイド・クリムゾン。

凶蜘蛛アルケニー』レティシア・クロック。

 十信徒の末裔として、強大な力を持つがゆえに、彼女らは燻っているのだ。


 ティル・ナ・ノーグは平穏であるがゆえに刺激がなく。

 そしてそんな刺激を与えてくれる相手は、アリスしかいないのだから。

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