第19話
翌朝。
のどかな小鳥の声で目覚めたホシオトがシャワー室へ行こうとベッドを降りると、先に起きて身支度を整えたロベルナに「床、気を付けろよ」と強めに注意された。
「え、なに? 魔法陣?」
床の真ん中あたりに、半径一メートル以上はありそうな魔法陣が描かれていた。よくわからない謎の文様が書き込まれていて、薄ぼんやりと光を放っている。
「うっかり踏むなよ。まだ完成していないんだ。どこともしれねぇ僻地に飛ばされても知らんぞ」
「う、うん。これ、こんなホテルの床とかに書いていいものなの? 怒られない?」
「あとで俺が始末しとくよ。お前が気にすることじゃねぇ」
「そう? ならいいけど。私シャワー浴びてくるから」
「おう」
そっと魔法陣を避けてシャワー室へ行く。数日ぶりの温かいお湯が心と身体に染みわたる。今日中には、元の世界に帰れる。そう思うと重かった気持ちも弾む。
ただ……。
「あいつとも、もうすぐお別れか」
小さく呟いた言葉は、シャワーの音にかき消され、排水溝へ流れていく。
ホシオトがシャワー室から出ると、ホテルの朝食サービスだろうか、サンドウィッチのような野菜と肉を挟んだパンで包んだ料理がテーブルに置かれていた。
「それ、食ったら出発だ」
「あんたは?」
「もう食ったよ」
なるほど、確かに皿の片方が不自然に空いている。もともとは二個置いてあったのだろう。
ホシオトはサンドウィッチをゆっくりと味わう。美味しい。結局、この世界では旅の途中のロベルナの粗末な料理ばかりで、美味しいものはほとんど食べられなかったな。
せっかく異世界転移なんて天変地異みたいなことを経験したのだから、もう少しだけ寄り道をしてもよかったのかもしれない。
なんて、帰る算段がついた瞬間、こんな余裕にあふれた考えをしてしまう自分に失笑した。
「おまたせ、いいよ」
「そうか、じゃあ行くか。魔法陣の中に立て。忘れ物するなよ」
「別に、荷物なんてないけどね」
「それもそうだ」
軽口をたたきながら、散歩にでも出かけるかのような気軽さでロベルナの描いた魔法陣内に二人で立つ。
ホシオトは緊張していたが、そんな様子はおくびにも出さない。
ロベルナの合図で魔法陣全体がまばゆい光に包まれた。
ホシオトは思わず目をつぶった。
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