番外編 誰も知らない君の勇姿 2

「う゛なあああ」

「うわっ何だこいつ!お前はお呼びじゃねえ!」


 ふくらはぎに思い切り噛み付く。反対の足に踏まれそうになる前に離し、電柱の下にあったポリバケツから跳躍。手を引っ掻いた。やった。やってやったぞ。僕でも戦えた。

 しかし快進撃は此処までで、引っ掻かれた手の痛みを我慢し、男は手の甲で僕を殴りつけた。塀に叩き付けられてずるずると落ちる。


「ぎゅっ」

「いい加減にしろ!どいつもこいつも、俺を舐めやがって!先ずはお前からころしてやる!」


 激高した奴の足が振り下ろされる。その時、偶然にも近所に住んでいた若夫婦が通りかかった。


「何してるんですか!」

「あ、いや、これは……」


 途端に狼狽え出す。普段は好青年ぶっていると聞いていたし、目の前の旦那の体格が良いから余計に焦っているんだろう。


「警察に連絡してくれ!」

「うん!」

「いや、ちょっと待ってくれ……!」


 意識が薄れてしまって、その後の事は覚えていない。

 ただ僕は目が覚めたら動物病院に居て、擦り傷や骨に罅はあるものの、命に別状はないと診断を下されたのだ。




 数ヶ月後。漸く過保護を脱した飼い主達の許可が下りたので、僕は猫お婆ちゃんのお家を訪れていた。


 「おお、お前久しぶりだなあ!何やってたんだよ」

「う、うん。色々あって、ちょっと怪我したから休んでたんだ」

「大丈夫かよ。無理すんなよ」

「ありがとう」


 久々に会った友達の気遣いを受けていると、意中の彼女が姿を現した。


「クロハさん!」


 まだ一度しか話した事がないのに、まるで春が訪れたかのように浮き足立つ。あの日の事を伝えたくて仕方無かった。


「こんにちは、コハクさん」


 聞いて下さい。僕、貴女を虐げていた男と戦ったんですよ。奴は捕まって、もう貴女を脅かす者は居ないですよ。そう口を開こうとした時だった。


「今日はお別れを言いに来たんです」

「……え」

「飼い主の恋人が逮捕されたんですが、出所したら腹いせに襲ってくるかもしれないからと、遠い所に行くんです。だからご挨拶に来ました」


 ……遠い所。そうか、出所した後の事は考えて無かったな。やだなあ僕、肝心なところで一歩足りないんだから。

 それなら仕方無いよね。危ない目には遭って欲しくないし。


「そうですか。……残念です」

「はい。私も、もっとコハクさんとお話してみたかったのですが。さようなら、どうかお元気で」

「さようなら、クロハさん」


 最後は淡泊な終わりだった。当然だ。向こうは出会ったばかりだと思っているのだから。まさかその逮捕に、僕が関わっているとは思っていないのだから。

 ……報われなかったなあ。いや、良いんだ。僕は好きな女の子を、身を挺して守った。それで良いじゃないか。ほろりと一粒涙が零れる。


 一部始終をばっちり見ていた友達一同が僕を囲い込み、そのまま慰める会に移行した。

 こうして、僕の初恋は終わりを告げたのだった。


 

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くらやみ一期一会 泡濱ゆかり @Awahama

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