さよなら一期一会 3
昼間と同じ様に、ふらふらと道を歩く。胸の内は沙智さんへの怒りと悲しみで一杯だ。
酷いよ。折角ずっと身につけてきた、私の宝物なのに。
沙智さんは捨てられた物がどうなるか知らないんだ。知っているけど知らないんだ。だから簡単に代わりなんて言えるんだ。
……そう、知らないのだ。だって物の心なんて、人間には見えないのだから。私が勝手に寄り添って、勝手に感情移入しているだけ。
元より猫の身では取っておいてと伝える術もない。物が壊れたから捨てただけ。彼女は何も悪くないのだ。
頭では理解している。けれど気持ちは付いていかない。この熱を冷やさなくては。
落ち着いた頃に、大事な母を悲しませた事を謝ろう。
そうして一晩中歩き回って夜を明かし、再び帰宅すると、
「クロ!嗚呼、良かった!」
泣きそうな顔をした沙智さんが私を出迎えた。肉球に付着した土埃を意に介する様子もなく、そのまま昨夜と同じく抱き上げられる。
「もう戻って来ないかと思ったの」
震える腕の中で部屋へと連れられ、丁寧に足を拭かれる。そのままベッドへと降ろされ、彼女自身も腰を降ろした。
「昨日はごめんね。でも、壊れてしまった以上は捨てなきゃいけないから。大事だった物全てを保管していたらきりが無くなっちゃう」
私の方こそ、ごめんなさい。貴方が知らない事情を押しつけて、傷つけてしまったから。
気持ちを込めてその手に擦り寄る。頭を撫でる事で応えてくれた。
「ずっと着けていたんだもん、急に無くなったらびっくりしたよね」
目尻に涙を浮かべる姿に、ふと疑問に思う。確かに昨日仲違いはしたが、私が夜居なくなるのはいつもの事だ。だというのに、何だか随分弱っているような。
「それともう一つね、クロハに謝らなきゃいけない事がある」
真っ直ぐに私を見据える目。
「私ね、勝さんとお別れしたの」
言葉が紡がれた瞬間、嗚呼、やはりと腑に落ちる。昨日話したがっていたのはこの事だったのか。
「少し前にね、クロハの首輪にメモが挟まっていたの。匿名で、『貴方の猫は、貴方の恋人に虐待されています。どうか救ってあげて下さい』って」
曰く、最初は悪戯かと思ったが、その日に限って私は腿の部分に怪我をしていた。
以前も沙智さんが帰ったら勝がグラスを割ってしまっていた事、彼がいる日は私が居ない事が多い事と、考え始めたら止まらなくなり。
昨日、とうとう問い詰めたのだ。クロハをいじめているのかと。
勝は、言葉を詰まらせて肯定も否定も出来なかった。私の腿の傷はこの件と関係が無い為何の事か本人は分からなかっただろうが、如何せん心当たりが多すぎた。咄嗟に違うと断言出来なかったのだろう。
勝は別れたくないと食い下がったが、沙智さんの怒り様は凄まじく、包丁を出さんばかりの勢いだったらしい。合鍵を置いて出て行けと怒鳴ると、すごすごと退散したのだ。
その後帰ってきた当の猫に拒絶されて、一晩を過ごした彼女はどんな気持ちだったのだろう。
「今まで気付いてあげられなくてごめんね」
とめどなく涙を流す飼い主に、私は最大限好意が届く様にと甘えてみせるのだった。
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