さよなら一期一会 2

  予想通りの可愛い文句を一通り聞いて、黄昏時に家路へと着く。 

 そろそろ話し合いは終わっただろうか。もし本当に結婚であれば、私は沙智さんの為に勝と命を賭けて戦う事も辞さない。

 動物を虐げる様な人間の男に猫が挑むのなら、命という言葉は決して誇張ではないのだ。

 決意を固めながら窓を叩く。出迎えたのは、いつもの沙智さんだった。


「クロハ、おかえり。ごめんね追い出しちゃって」


 奥から香ばしい匂いが漂ってくる。夕食の支度をしていたようだ。 


「御飯の後伝えたい事があるから宜しくね」


 何だろう。嬉しい報告と嫌な報告、どちらだろうか。

 部屋に足を踏み入れる。

 すると、同時に首をずるりと這う様な感触があり、直後に体が少し軽くなった。


「にゃっ」


 沙智さんと共に床に視線を向けると、見慣れた物が落ちていた。


「あれ、首輪壊れちゃったね。もう何年も使っていたから、寿命がきちゃったのかな」


 カーペットの上の首輪は、留め具が破損していて、所々剥げていて、自分に装着されていた時よりずっとボロボロに見えた。

 4年前、私が此処に来たばかりの時に沙智さんが贈ってくれた。桃色は彼女が好きな色で、私にも似合うと言ってくれた思い出の品。

 それが、壊れてしまった。

 この時、頭からは勝の事なんて完全に抜けてしまっていた。だって、あんな男より、ずっと一緒だった物の方が大事だったから。

 でも、でも、壊れたということは。

 小屋で一度きりの出会いをしてきた彼等を思い出す。


「今までクロハと一緒に居てくれてありがとうねえ」

「また新しいの、買ってあげるね」


 沙智さんは冗談めかしたように笑い、拾い上げたそれを――――

 がたん。

 ゴミ箱へと捨ててしまった。


「シャーッ!!」


気付けば私は。

 最愛の母に対して、怒りを表していた。


「く、クロ?どうしたの?」


 戸惑う彼女に構わず、ゴミ箱を引っ掻く。燃えるゴミと燃えないゴミ兼用の二段式で、燃える方を上にしてあるから、床にいる私には届かない。おまけに素材そのものがプラスチックで出来ているから、爪も入らない。無性に苛つきを加速させる。


「首輪が無くなって起こったの?今だけだから、また買ってあげるからね」


 抱き上げられ、噛み付きそうになるのを寸でのところで堪える。

 そうじゃない、そうじゃないよ。私と貴方のこれまでが詰まった大事な物、なんであっさり捨てちゃうの。


  そう訴えたいのに、口から漏れ出るのは情けない鳴き声で。沸き立つ感情のやり場を見失った私は、自身の胴を掴む手を振り切り、そのまま部屋を出た。

 今さっき来たばかりの道を駆け出す。


「クロハ!」


呼び止める声は聞こえていたけど、今日だけは振り返らなかった。

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