死出の旅路に花束を 3
「結局助からずに死んじまった。神様ってのは無情だよな」
俺も一応神と名は付くけれど、と万年筆は肩を竦める。
そうか、そうだったのか。
彼は約束を果たしに此処に来たのだ。付喪神としての立場をかなぐり捨てて、少年に吐いた嘘を本当にする為に。
少年を、独りにしない為に。
「向こうへ着いたら、先ずは騙した事を謝って、怒られないとな。あいつ、一度臍を曲げると長いんだよな。嗚呼、そうそう。俺の持ち主とも引き会わせてやろう。昔は俺とよく似て格好良かったんだが、最期の方は偏屈な爺さんだったんだ。遙斗は最初萎縮しちまうだろうが、それでも居ないよりはマシだろう」
元の持ち主が話題に出てきて、ふと湧いて出た疑問がそのまま口から流れ出ていく。
「散り散りになったお仲間さん達の事は良いんですか?」
「まあ気になりはするが、達者でやっていればそれで良いよ。そうでなくてももうすぐ会うしな。今はさっさと彼岸へ行かなきゃ」
「あいつが待ってる」
その笑みからは、途轍もない覚悟が感じられて。
野暮な質問をしたと、私はこれ以上の失言をしない為にも口を閉ざした。
「……クロハ?」
話に区切りがついたところで、突然体を伏せた目の前の可愛い黒猫はおやすみなさいと一言告げて暫くすると、呼吸音が漏れ出てきた。
「……寝たか。話を聞いてくれてありがとうな」
出会った初めに猫相手でも人の秀麗な顔立ちは通じるのかと距離を縮めてみたが、からかいだと見抜かれてからはやや素っ気ない態度だった。
だがそれでもこんな重たい話に付き合ってくれる辺り、気の良すぎる猫だ。
それで損をする事も多かったろうに。
「さて、俺もそろそろ実体を解いて大人しくしておくかな」
無機質なこの身を休めようとした時。
(待って下さい)
「ん?」
(万年質の付喪神様。彼岸へいく前に、どうか私の願いを聞き届けてはくれないでしょうか――――)
翌日。
「クロハ、クロハ。朝だぞ、起きろ……あっ!」
「ぶみゃっ」
ぱちりと目を覚まそうとした瞬間、左腿に鋭い熱が走った。見ると、僅かな傷が出来ている。
「すまん!人の姿が解けたから万年筆のまま起こしていたんだが、蓋が外れちまったみたいだ!」
「だ、大丈夫です、おはようございます」
「嗚呼、おはよう。本当にすまなかった。跡にならなきゃ良いんだが」
怪我をした私よりも痛そうな顔をしている万年筆に、これ以上何を言える筈も無く。
「舐めておけばすぐ良くなります。起こしてくれてありがとうございました」
「ああ、時間になるからな。後は部屋で体を休めるといい」
「はい、そうします」
万年筆と別れ帰路に着いた私は、同じく夜勤を終えた沙智さんに出くわした。目の下に隈が見え、朝日が眩しそうにしている。
「あら、クロハも今帰りだったの。ふふ、おかえり、ただいま」
合わせてにゃあ、にゃあと返事をすると、扉に向かって鍵を開けてくれるのを待つ。
かさり。
「?」
至近距離から紙の音が聞こえた様な気がする。確認しようと振り返ろうとしたところ、内側からドアノブが回された。
「沙智、クロハも一緒だったのか。おかえり。朝御飯の準備は出来ているよ」
「あ、ああ、うん!ただいま、勝さん。ありがとうね」
出迎えたのは勝だった。沙智さんの前なので、私に対しても穏やかに振る舞う。
けっ、と悪態を吐きながら中に入る。
背後で沙智さんの顔が青褪めていた事には気付かずに。
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