死出の旅路に花束を 2

 俺の持ち主は、大層物持ちが良くてな。本だとか、手帳だとか、兎に角大事にしてくれた。俺も含めた一部の奴は何年も手元に残してくれたよ。特筆するような事も何も無く、彼の最期まで寄り添えた。本当に理想的な持ち主だったと思う。

 

 彼奴が亡き後も細君によって、俺達専用の蔵が用意されてさ。後はまあ、主人が居なくなった訳だし、しまい込まれたまま余生を送ろうと同じ時を生きた仲間達と話合っていた。


 状況が変わったのは、細君が身罷られてからだった。

 息子兄弟達が遺産分配だとこぞって蔵を漁り、目についた物を売り始めた。

 本人が鬼籍に入ったんだ、遺品をどうしようが親族の勝手ではある。それは別に良いんだ。ただなあ、彼奴らは何というか、金に目が眩みすぎているようでな。世間的に価値があるか無いかで、扱いに差がありすぎたんだ。お陰で、長く共に過ごした仲間とも散り散りだ。


 俺は既に付喪神だったからな、澱みきった目をした人間達にぞんざいにされるのが我慢ならなくて、自分が売られる直前に抜け出したんだ。


 暫くは人間に失望しかけていたから、妖怪らしく色々やったよ。 

 主に人間を騙して遊んでいたかな。僅かな時間であればこうして実体のある人の形をとれると気がついてからは、出来る事の幅もうんと広がった。ただまあ、孤独だったのは少々虚しかった。常に誰かと共に存在してきたから、余計に。


 そんな時だった。偶々入り込んだ病院で、とある少年に出会ったのは。


 名前は遙斗。何やら重い病気だったらしく、癌、といったか。長い間入院をしている子どもだった。

 常に薬の影響で痛みを訴えていた。そのせいなのか、未来を不安に思ってかは分からないが、いつも泣いている子だったんだ。


 その姿が何となく、本当に何となく気になって。看護室からメモをくすねてきて、書き置きを残してみたんだ。負担に思わない程度の励ましの言葉を。

 どうせ悪戯と勘違いされて丸められると思っていた。名も書いていなかったしな。


 しかし意外にも、お礼の言葉を綴った返事がきたんだ。

 俺はそれが嬉しくなって、もう一度書き置きを残した。するとまた返ってくる。段々楽しくなってきて、俺達は夢中になってやり取りをし続けた。

 人と物が言葉でもって繋がるなんて、不思議な気分だったよ。生まれて初めて自分が万年筆である事に感謝したね。正体すら明かして無いのに、徐々に親睦を深めた俺達は、確かに友情を築いていたんだ。


 だが幸せな時間はそう長くは続かなかった。

 遙斗の余命が、もう幾ばくもない事が医者から告げられた。

 いや、正確には両親がそう告げられたと会話していたのを、遙斗本人が偶然聞いちまったんだ。配慮が足りなかったとしか言いようが無い。だが、それだけ家族も動揺していたんだろうしなあ、責められはしない。


 そして当の本人は荒れに荒れた。治療を拒み、誰に対しても辛く当たり、食事を摂らなくなり、酷ければ水も口にしなかった。死を恐れ絶望した少年は、それ故に死に向かうという矛盾した行動を取り始めた。自棄になっていたのかもしれない。

 書き置きのやり取りも内容が大きく変わった。治った時への希望を認めた手紙から、ただ絶望を振りまく紙切れに。

 魂と実体を得て死への恐怖から遠ざかった俺がどれだけ言葉を尽くしても、届く訳が無かった。やがて互いに言葉もきつくなり、喧嘩の様な形にさえなってしまったんだ。


 とうとう我慢出来なくなった俺は、直接接触することにした。人の姿をとったものの顔を合わせる勇気がでなくて、個室のベッドで過ごす遙斗にカーテン越しに声を掛けた。俺が書き置きの主だ、頼むから治療を受けて欲しいと。

 遙斗は聞き入れなかった。実際に会っても結局口論になって、あの子が大きく怒鳴ったんだ。


「結局独りで死ぬことになるのに、今も辛い思いをしろなんて言わないでよ!」


 その言葉を聞いた俺は、漸く自分の気持ちを伝える方法を理解し、カーテンを開け放った。本気の想いを伝えるなら、初めから顔を合わせるべきだったんだよな。 

  そして俺は、この人間を誑かした。


「俺は幽霊だ。あの世からやって来た。もうすぐ還らなくちゃいけないから、寧ろお前が来るのは大歓迎だね!だから遙斗、お前が生きようが死のうが、独りぼっちになる事は絶対にないんだ!」


 こんな間抜けな嘘に、それでも縋り付いた俺の友人は、何度も本当かと尋ねたよ。その度に何度でも頷いた。

 その日は、ずっと泣いていた。

 翌日から遙斗は、食事を摂り、治療を受け入れるようになったんだ。 


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