死出の旅路に花束を 1
世界が寝静まり始めた時間。
いつもより少し早くに部屋を出たので、以前お姫様と出会った車庫を改造した小屋の方へと赴いてた。
入口の網を潜り抜けて中へと入る。既に物達が詰められた袋が、幾つか転がっていた。その脇に腰を降ろし、体を奥の壁に付けるようにして寝そべる。
十分、二十分と過ぎたところでおや、と気付く。
話しかけてくる物がいない。消しゴムと同じで、思念体を出さずに隠れているものかと気配を探るが、どうやら心を持った物自体居ないようだ。
少しばかり珍しい夜だ。袋が複数小屋にあれば、その内の一つか二つくらいは私の前に現れる事が多いのに。
まあ良い、それならそれでゆっくりと休もう。床に敷いてある段ボールに、頭を垂らそうとした時だった。
「よっ。隣、良いかな」
「どうぞ」
「ありがとう」
降ってきた男の声に微睡みながら返事をする。綺麗に整えた毛並みを撫でられた。何だ、物が居るんじゃないかと考え、しかしふと思い直す。今日は私以外居なかったのは間違いない。それに今、隣に座って良いか聞いてきただろうか。ならば、私の後にやって来たのか?
眠気に負けそうな体を起こす。
「おはようさん」
見ると、そこには美青年が、片膝を立てて座っていた。ニコニコと愛想の良い笑顔を振りまきながら。こちらを見ている。
その違和感に、思わず毛が逆立ちそうになった。
明らかにいつもと違う。気配は物だけれど、たった今私は彼に撫でられた。寝ぼけていたが間違いない。実体があるんだ。
じゃあ、じゃあ目の前にいるのは。
「俺は万年筆、百年を生きた付喪神だ」
付喪神。長い年月を経て物に宿る霊魂。普段顔を合わせている物の思念体達と違うのは、人に対して直接接触できるという点だ。しかし其れは、決して好意的な意図では無い。更には自分で此処に移動してきたあたり、彼は実体もあるようだ。神にも妖怪にもとれる存在にお目に掛かるのは初めてだった。
跳ね起き瞳孔を縮めて見据えると、万年筆は苦く笑った。
「そう警戒しないでくれないか。確かに人間を誑かしすのは俺の本領だけど、猫相手に何もしやしないよ。」
じっと見つめ合い真偽の程を推し量る。
確かにその通りだ。人に百年も大切にされ続け、付喪神にまでなった物が、今更猫を相手取ったところで面白みは何も無いだろう。
僅かに警戒を緩めると、大人2人分は距離を空け、隣り合う形で腰をもう一度降ろす。頭の上で小さく笑う声がした。
「ありがとう。君の名前は?」
「クロハです」
「クロハか、良い名前だ。兎に角、俺はただ黄泉路へ行ける時をのんびり待っていたいだけだから、空気とでも思って寛いでくれ」
「黄泉路?如何してですか」
こちらが怪訝な顔をすると、向こうもまた頭に疑問符を浮かべる。
「何だよ、望んで死のうとする物を見るのは初めてか?」
「そういう訳ではありませんが、貴方の場合は事情が変わってきます」
基本的に物というのは、人以上に自身が死ぬタイミングを選べない。死を望むというよりは受け入れるという方が正しいのだ。
だからこそ、心を整理するのに話したがり、恐怖を抑えつける。
しかしこの付喪神は人に依存しなくても生きていける。何故こんな所に居るのか理解が出来なかった。
「色々事情があってな。聞くか?」
「聞いて欲しいなら」
万年筆はカラカラと笑った。
「じゃ、お願いしようかな」
グッと距離を詰められる。その表情には、からかいの色が浮かんでいた。この男、自分の容姿の価値を十二分に理解している。
「察するにクロハ、普段からそうして会話の聞き手になる質だろう。」
「ご想像にお任せします」
言外に話すなら早く話せと促す。付喪神などという特殊な立場だからか、馴れ馴れしいからか。相手をするのは何だか疲れる気がして、素っ気ない態度を取ってしまいがちだ。
それでも万年筆は起こるでもなく、ごめんごめんとまた笑って口を開いた。
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