橙に願いを込めて 4

「え……?」

「聞こえなかったなら繰り返し続けてやろう。お前は何も悪くない」

「は、話しておいてなんですが、慰めならいりません。私が抱いてはならない気持ちを彼に向けたのは事実です。」

「慰めで言っているように聞こえるのか」


消しゴムが言葉を詰まらせる。


「……彼だけじゃありません。物の分際で、持ち主にも嫌な感情を向けてしまった」

「何を馬鹿なことを。お前は自分が生み出した消しカスにも何を考えるか強要するのか」


 ミサンガが一歩進み、消しゴムの腕を掴んだ。


「いいか、消しゴムが誰を想おうが自由だ。成就するかは別として、それは物であっても咎められることじゃないからな。だがその意志が持ち主を害することなど出来はしない。物の分際だというなら、その考えのほうが分不相応だ。」


「お前はその男子を好きになり、桃香とやらを応援出来なくなった。だが桃香自身も、お前に施したまじないの効力を信じず、先走って玉砕した。彼女からお前への信頼などそんなものだ。」


「誰も幸せにはならなかった。それでもうこの話は、この出来事は終わったんだ。だから不必要に自分を追い込むな。今それを背負ったところで、彼女はお前を捨てたんだ。二度とその後悔は届かないんだよ。俺の持ち主と同様にな」


 微かに。ほんの微かに、消しゴムの目に光りが宿った。自分と境遇が似ていると、彼女自身が告げた男によって。


「だから消しゴム、お前は今の望みを言え。」


 初めて会った時からは考えられない程、落ち着いた声音。


「お前の恋物語はこれで幕引きだ。残り一晩、何をしたいかを考えるんだ。それを俺が叶えてやる。」


 少しずつ。


「……どうして、……そこまで」

「おっと、勘違いするなよ!お前の為だけという訳じゃない!その願いを成就させることによって、千切れていない俺の存在意義が保たれるんだ。お前も望みが叶って持ちつ持たれつというやつだろう!」


 少しずつ消しゴムの目の光は戻っていき、やがて彼女は小さく笑った。


「確か、持ち主さんがモテたかったから所持されていたんですよね?なら、貴女自身は恋愛しか効果がないじゃないですか」

「甘いな!ミサンガというのは、紐の色に意味があるんだ!俺を構成している色は3色。赤は情熱、桃は恋愛、そして橙は希望だ!」

「その希望でもって、消しゴムの願いを叶えてみせる!」


 ヒーローのように芝居がかった口調で返された消しゴムは、その日一番の笑顔を見せてくれた。


「本当に、何でもいいんですか?」

「ああ、俺に不可能はない!」


 消しゴムは最後にもう一度クスリと笑うと、


「なら、私と一緒に居て下さい」


 今度は自分から両手でミサンガの右手を包む。

 表情は笑っているけれど、その手は震えていた。


「私、この先自分がどうなるか分かりません。でも、終わるんだということだけは知っています。」

「怖くて怖くて、堪らないんです」

「だから私が怯えないように、今晩は一緒に居て下さい」

「ああ、任せろ!」


 ミサンガがニカリと歯を見せて笑う。

 これ以上私が居るのは野暮だろう。ここは離れて、今日はもう一つの小屋で眠ろう。そう考えて一歩下がった時、ぐるりと此方を見る4つの目。


「お前もだぞ、クロハ!」

「えっ」

「2つと1匹で、夜を明かしましょう」


 受け入れますと言わんばかりに両手を広げられている。


「でも、私は」

「唯一境遇が違うからというのはナシだぞ。今夜此処に集まった俺達は既に友達だ!この先誰がどうなろうと、それだけは絶対に変わらない」

「私、友達なんて初めてです。クロハさん、お嫌でしたか?」

「嫌じゃない、けど」

「わあ、良かった!」


 置き去りにされたまま話が進んでいく。消しゴムなど、つい先程が嘘の様な吹っ切れ方だ。この短時間でミサンガに影響されたんだろうか。


「ああ、うん。2つが良ければ友達になりたいな」

「改めて宜しくお願いします!ところで、友達とは何をすれば良いのでしょう?遊んだりとかですかね?」


ミサンガが自らの胸を叩く。


「任せろ。俺の持ち主が通うは男子校だ。真面目なものからおふざけ要素満載なものまで、どんなゲームでもどんと来いだ!途中寝た奴は残りの奴と全力でくすぐるから覚悟しておけ!」


楽しげな声だけが響き渡る。

こうして私達は、時間を忘れて遊び尽くした。





そして朝日が昇り、私は一足先に別れを告げる。もうすぐ迎えが来ると彼等に告げて。

 2つとも、楽しい時間の終わりを目一杯惜しんで、でも晴れやかな顔をしていた。


「じゃあね」

「ああ、達者でな」

「どうかお元気で」


最後の言葉を交わし、小屋から出て、扉を閉める。

背中を向けたその時。


「クロハさん!!」


 木製の小屋を壊さんばかりの声が轟いた。


「ありがとうございました!それと、ごめんなさい!貴女に私達の存在を背負わせてしまって」

「それでも、友達になってくれて嬉しかった!本当にありがとう!」


友達。ミサンガと消しゴムにとって、初めての友達。私にとっても、猫以外で初めての友達。私以外に生き残らない友達。

 それでも、関係迄もが消える訳じゃないから。だから私は応える。


「どういたしまして!こちらこそ、本当の本当にありがとう!」


私達は瞳から零れるものを無視して、歯を見せて笑い合った。


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