橙に願いを込めて 3

 私の持ち主は桃香ちゃんといって、高校生の女の子です。

 桃香ちゃんは少し内気で、気が弱くて、夢見がちなところが有りました。おまじないや占いなんかも好きで、良く本を買っては調べて試すんです。だから私でおまじないを始めたのも、自然な流れだったんでしょう。


 桃香ちゃんは当時、想いを寄せている男子がいました。彼は物静かで目立つタイプでは無いのですが、細やかな気遣いが出来る優しい人でした。同じく大人しいタイプの桃香ちゃんが好きになるのも無理はありません。


 彼女が両思いへの験担ぎも兼ねて始めたおまじないは、消しゴムのカバーで隠れた部分に相手の名前を書いて、使い切ったら想いが通じ合うというものです。勿論、自分自身で少しずつアプローチもしていましたが、おまじないを完遂する為に日々消しゴムを使っていました。可愛らしい少女の、微笑ましい願掛けです。


 しかし、ある頃に1つ問題が生じました。

 桃香ちゃんの想いに感化された私もまた、彼に恋をしてしまったのです。

 可笑しいですよね、物が人間に恋だなんて。分不相応にも程があります。物はただ、物で有れば良いのに。人に使われていればそれで良いのに。それでも、彼女の恋に協力したいとは思わなってしまっていたのです。


 結局願いは叶いませんでした。桃香ちゃんは消しゴムを使い切る前に告白し、振られてしまった。

 私にはそれが、彼女の気持ちに私が水を差してしまったからのような気がしてならないんです。  


 「私のせいなんです。私の邪な想いが、あの子の幸せを阻んだ。桃香ちゃんも、初恋だった筈なのに。想いが通わず泣いていた姿が、頭に焼き付いて離れない……!」


 消しゴムは両手で顔を覆う。溢れかかっていた涙が、堪えきれなくなったのだろう。

 私は何も言えなかった。物が人に恋をするなど聞いたことがないのだ。  

ひょっとしたら、嫉妬なんかもしたのかも知れない。自分の持ち主に対しての悪感情。その気持ちを抱く事は、消しゴムを更に罪悪感と自己嫌悪に追い込んだ。貴女は悪く無いと伝えても、どうしても届かない気がした。

 自分を責め、苛むすすり泣きだけがこの場に響く。すると、嗚咽を切り裂くように、凜とした声が通った。


「何だ、何故泣く必要がある。お前は何も悪くないのに」


ミサンガに目を遣る。彼は真っ直ぐに消しゴムを見つめていた。

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