橙に願いを込めて 2

「ところで、お前は出てこないのか。」

「え?」


 ミサンガが背後に向かって声を掛ける。他にも誰か居たのだろうか。

 暫く待ってみると、袋の1つからするすると思念体が出てきた。ミサンガと同じ年の頃に見えるが、こちらは少女だ。アシンメトリーの前髪に顎のあたりで切りそろえたボブカット。丸眼鏡を掛けもじもじと身じろぐ彼女は、酷く内気そうな印象を受ける。


「や、やっぱり気付いていたんですね」

「同じ物だからな。心が宿っているかはすぐに分かる」

「あの、貴女は?」


 彼女の本体もまた、小さいのか。此方からすぐに其れらしき物は見つからなかった。


「ええっと、消しゴムです、宜しくお願いします。敬語は、すぐに抜けないので、その、このままでお願いします」


 消しゴム。それなら私にも分かる。鉛筆やシャープペンシルで書いた字を消す文房具だ。時々沙智さんが使っていた。

 消耗品は本来心を持ちにくいのだが、文房具の類は別だ。消しゴムや鉛筆は、使い切るまでに時間が掛かるので時々宿ることもあるのだ。

 私とミサンガは改めて、もう一度自己紹介し合い、挨拶の言葉を交わす。


「折角だ、今日はこの2つと1匹で話そうじゃないか」

とは言われたものの、一体何から話せば良いのか。

 私は僅かな逡巡の後、消しゴムに話題を振ってみる。


「どうして最初に隠れていたの?」

「隠れていた訳ではない、です。ただ、お二方の会話を聞いていたら色々考え込んでしまって……」


 消しゴムの瞳が陰る。表情も段々と沈んでいく。


「考え込むとは何だ?俺達、そんなに深い話をしていたつもりはないが」

「死生観を語っていた訳だから、まあまあ深いと思うよ」


 自分では世間話程度に思っていたのだろうか。何気ない日常会話でいつも語り合いたい話題ではないと思うが。


「その、ミサンガさん私は少し似ているけれど、彼は私と違って前を向いていて凄いなって」

「ふっふっふ、そうだろう、そうだろう!もっと褒めてくれても良いぞ!」


 随分と感情の起伏が激しい。持ち主の影響が色濃く出ているのだろう。いや、しかし気になるのは。


「ミサンガと消しゴムが?共通点が咄嗟に思う浮かべられないけど」

「おまじないに使えたり、使い切られる前に此処に来てしまう辺り、親近感を感じてしまいまして」

「おまじない?!消しゴムでもおまじないが出来るのか」


ミサンガが身を乗り出す。


「出来ます。でも、私の持ち主の場合は、私のせいで願いが叶いませんでした。本当に……最低な消耗品です」


 おまじないに、余り良い思い入れがないらしい。今にも泣いてしまいそうだった。どうやら今夜は、彼女の話を聞く必要が有りそうだ。


「さっきから随分思い詰めているな。どうせ時間は有り余っているんだし、折角だから話してくれないだろうか。後腐れなくすっきりしよう」


消しゴムは暫く俯いていたが、やがて重たそうに口を開いた。


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