橙に願いを込めて 1
冬が過ぎ、春塵が目立ち始めたある日。
いつも通り勝を避ける為、私は小屋を訪れた、ら。
「此処で会ったが百年目、待っていたぞ!」
何だか濃いのが居た。思わず眉を寄せて一歩下がる。
「何だ、見えていたのか。嬉しいが、少し恥ずかしいな」
突然真顔に戻った坊主頭の青年。まだ幼さが残るその姿は、成人しているようにも、未成年にも見える。
「どうせ見えないと思ったから、因縁の相手っぽく一晩凄そうかと思ったんだ。お前、此処で何をしているんだ」
「お泊まりです」
「敬語はいらない。そうか、風変わりな猫だな」
「貴方は何物なの?」
「俺か、俺はこれだ」
青年は下に指を向ける。小屋に幾つか袋が置いてあり、彼の思念体が繋がる1つを前足で転がしてみた。
「ティッシュ。珍しいね、消耗品で心が宿るの」
「違う違う、よく見ろ」
この距離で見えづらいのなら、余程小さい物だろうか。更に目を凝らすと、奥まったところにそれは有った。
「紐の輪?」
「ミサンガだ!」
「ミサンガって何?」
「知らないだと?!……お前、今までどうやって生きてきたんだ」
中々に失礼な男だ。
私の人間に関する文化や知識というのは、沙智さんとの暮らしでその大半が形成される。彼女の生活圏にあれば私も知っているし、なければ私も知らない。そのミサンガとやらは必需品という訳では無さそうだ。一度も見たことがないので、少なくとも私の母は使わないのであろう。
「ミサンガというのは手首や足首に装着するアクセサリーでな。紐が千切れると願いが叶うと言われるお守りでもあるんだ。色によっても願いが変わる。元はポルトガルから伝来したそうで、ビーズという意味らしい」
後半は俺も聞きかじりなんだが、元の持ち主が調べた知識を級友と話題にしていたから覚えているとミサンガは続ける。
私はもう一度その紐を見つめた。赤、桃、橙。
「貴方は持ち主に何の願いが込められたの?」
「よくぞ聞いてくれた。俺の持ち主はな、モテたかったんだ! ……何だその目はその顔は」
「思ったより俗物的だなと」
一人にではなく複数とは。
「切実な願いと言え。まあ熱中したこと以外には飽き性な人だからな。千切れる前に捨てられたが」
事も無げな様子に、私はお姫様を思い出す。しかし、彼女とは違って余り良い使われ方はしていない様だが。出会い頭におふざけをしていた辺り、差して気にしている訳では無さそうだ。空元気にも見えない。無礼を承知で尋ねてみる。
「千切れると願いが叶うってことは、持ち主に最初から壊れることを望まれるって事でしょう。それって辛くないの」
「全く。千切れればあの人の望みを叶えてやれる。それまでの間は、俺が存在するだけで、微かながらに持ち主の精神的な糧になれる。こんなに物冥利に尽きることなどあるものか。本分を果たす前に此処にいるのは不服だが、どんな物もいつか捨てられる。俺は長生きできないのは分かっていたしな。僅かに早いか遅いかだけの話だ」
そんな考え方もあるのか。
やはり彼はお姫様と同じタイプだ。己の存在に絶対の自信があり、持ち主を理解し好いている。故に廃棄も受け入れられる。
この分なら、私が話を聞く必要は無さそうだ。今日は大人しく寝ようか。
そう思った時だった。
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