雪降る溜まり場 1
春、夏、秋は小屋を寝床に出来るけれど、冬だけはそうもいかない。
勝から身を守り、かつ凍死を免れるのに私が泊まらせて頂いているのが、通称「猫お婆ちゃんのお家」だ。
猫お婆ちゃんといっても猫のお婆ちゃんではない。とある民家に住む人間のお婆ちゃんの事を指している。
山岸加代子さん、79歳。夫は既に鬼籍に入っている。彼女は無類の愛猫家で、かつては10匹もの猫を飼っていたんだとか。今彼女の猫は1匹もいないが、認知症を患った事で、家に入り込んだ猫をかつて自身が飼っていた猫と思い込み、餌をやり、家に入れるようになった。その噂を聞きつけた他の野良猫や、事情のある余所の家の猫がその内大勢出入りするようになったのだ。
猫と接している方が言動がしっかりしているとの事で、彼女の家族は黙認している。どの道介護に乗り気ではないようで、訪問介護員(ホームヘルパー)に任せきりなのだ。餌代は本人の年金から出ているし、家に出入りする機会も少ないのでどちらでも良いのだろう。
病気を利用してしまっているのは申し訳ない事この上ないが、冬場の避難場所として本当に重宝させてもらっている。
そしてこの日も私は、そんな猫お婆ちゃんのお家を訪れていた。今日の勝の機嫌が最悪だったので逃げて来たのだ。
塀に囲まれた敷地に入ると、家から複数の視線を感じた。かつて愛猫用に作られたであろう小さな入口から中に入ると、偶々廊下を通りかかった猫お婆ちゃんが私を出迎えた。
「あらまあ、いらっしゃい。こんな雪塗れになって。部屋暖かくしているから早く入りなさい」
自ら部屋に向かう事は分かっているので、彼女はそのまま通り過ぎていく。
一先ず私は、玄関から一番近い部屋に入室した。
「あれ、クロハちゃん」
沢山の会話が聞こえる和室の中から最初に声を掛けてきたのは、日本猫のムギ。性別は雌で、此処の猫の中では一番親しくしている子だ。
「クロハちゃんも来たんだね。また例の彼氏さん?」
「うん。ムギはいつもの飼い主さん?」
「そうなの。またリボンを付けられそうで逃げて来ちゃった」
ムギの飼い主さんはムギを大層可愛がっているのだけれど、その可愛がり方がムギ自身には少し荷が重いらしい。
今話していたリボンというのは、以前飼い主さんがムギの尻尾の先端に長めのリボンを着けたとかで、かなりのストレスが溜まった件についてだ。しかし、飼い主自身はその姿に心を打たれ、以来事あるごとに装着させようとしてくるのだと話していた。
「お互い苦労するねえ」
「本当にね」
私が来たばかりという事もあって、ストーブの近くへ一緒に移動する。
そのままいつも通り取り留めのない会話を始めようとしたところ、割って入ってきた猫がいた。
「なあに、クロハさん。貴女また来たの?」
猫種、ロシアンブルー。灰色の毛並みを持つココだった。
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