お姫様は俯かない 3

 「あたし、見ての通りボロボロの継ぎ接ぎでしょう?人の母と娘、20年の時を、親子2代に亘って大切にされてきたの。それぞれが幼かった頃の遊び相手だった。子どもだったから、流石に無傷でとはいかなかったけど、それでも可愛がられた」


 「人も物も、いずれは土に還るわ。重要なのは、自分の生涯を元に、どうやって終わりと向き合うかよ。あたしはあたしの大事な人達に、誰より愛された自信がある!だから今更語るような過去も無いし、何の未練も無いわ」


 彼女は堂々と言い切った。

 そんな姿を見て、強く思うのは。


「……私も、そんな風に物を大事にしたいし、飼い主に大事にされ続けたいです。出来るでしょうか。」


 少し前まで私の世界は、沙智さんと2人だけだった。彼女が健やかで居てくれれば、私を愛してくれればそれで良いと。

 しかし小屋へと通うようになってから、自分の持ち物についても考えるようになった。桃色の首輪や、銀の皿。マタタビを模した玩具。彼等は今、持ち主をどう思っているのだろうかと。

 

 お姫様が親子と築いた関係が、唯々羨ましかった。20年もの間、愛し愛される関係が。


「出来るわよ」

 

またもや断言される。


「この"小屋”も他の場所も、何度も来ているんでしょう?必要に迫られているからというのもあるかも知れないけれど、もっと別の寝床もあった筈。それでも小屋にこだわり続ける意味を察せないあたしじゃない。貴女が優しくないと出来ない事だわ。そんな貴女が愛せない訳が無いし、愛されない筈がないもの」


 ふわりと微笑んだお姫様は慈愛に満ちていて、その名に相応しい可憐さだった。同じ雌としても、憧れを抱いてしまう。第一印象で写真や藁人形と比べて子どもっぽいと思った事など、頭から吹き飛んでしまっていた。

 

 私もいつか、この素敵なぬいぐるみのようになれるのだろうか


「さあ!湿っぽい話は終わりにして、女の子同士沢山お喋りしましょう!今夜は寝かせないんだから!」


 先ほどまでの空気を全て打ち払うように勢いづいたお姫様によって、本当に徹夜させられた。流石20年以上在り続けているだけあって、話題が尽きる事は無かった。


 

 そうして空が白んできた頃。


「あら、もう夜明けなの?名残惜しいけど、そろそろ時間ね」

 

 意識が半分飛びかけてきていた私は、漸く解放された。まだ迎えが来るには早いが、もう人々が起き出す時間だ。曜日によってこの小屋を訪れる人数にムラはあるが、今日は多くなる日なので早めに退散すると事前にお姫様に伝えていた。

 固まった体を伸びで解し、互いに挨拶を交わす。網の隙間を抜けようとしたところ、背後から声を掛けられた。


「クロハ」


 最初の自己紹介以降、初めて名を呼ばれる。


「どうか忘れないでね。私の様に、ただ幸福だけを抱いて終わりを迎える物だっているという事。そうでない物に対して、貴女の行いはきっと救いになるであろう事を。」


 自分の持ち物達の事も大事にしてあげてねと言い残して、それきりお姫様の思念体は見えなくなった。


「はい」


 小屋を出て歩き出す。

 彼女にはもうすぐ迎えが来る。その先で具体的にどうなるか迄は、私には分からない。けれど最後はきっと、胸を張って誇らしげに笑っているのだろうと、その姿を思い浮かべながら帰路に着くのだった。


第三話 了

 

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