お姫様は俯かない 2

 思念体は基本的に、元の持ち主の姿に似通う。恐らくは目の前のぬいぐるみもそうなのだろうが、何とも見た目と吐き出す言葉がアンバランスだ。遠目に見ている分には可愛らしい。


「ああ、もう!ふかふかのベッドで寝かせなさいよ!」

 

 とはいえ性格単体だと余り可愛くなさそうだ。素知らぬ顔をして出て行って、別の小屋に行こう。

 一度尻を床に着けた後、目線を合わせず前足で顔をくしくしと擦ってみせる。そして立ち上がり通過点でしたと言わんばかりに入口に向かおうとすると、ギロリと睨まれた。

「何逃げようとしているのよ。駄目に決まっているでしょう」

逃げられなかった。


「あたしはお姫様のぬいぐるみ!略してお姫様で良いわよ」


 ぬいぐるみの要素が消えた。


「貴女の名前は?」

「クロハ」

「そう、クロハね。今夜だけ宜しくしてあげても良いわ」

「はあ、宜しくね。ええと、お姫様は今いくつなの?」

「20年以上存在しているわよ。敬語を使いなさい小娘」

「すいませんでした」


 つい敬語を外してしまっていた。この間の藁人形で見た目年齢は当てにならないと思い知ったばかりなのに。でも彼女の方が中身もずっとお姉さんっぽかった気がする。環境の違いだろうか。

 

「貴女、良く此処には来るの?」

「時々ですね。普段は飼い主の元や、別の小屋で寝泊まりしているんです」

「ふぅん。"小屋”ね。この場所、もう少しどうにかならないの?折角これから華々しく散れるって時に、待合室がこんなに薄汚いんじゃ台無しじゃない」

「え」

「何よ」

「いえ、何だか意外で」

 

 今このぬいぐるみは何と言ったんだろう。華々しく散れると言ったか。長く生きている様だから、この先どうなるのか知っている事は驚かないけれど。そんな心構えで小屋に居る物は初めてだった。

 

 今まで出会った物達は、皆何処か陰鬱さがあったり、諦観していた節があった。それは最近だけの話ではなく、私が小屋を行き来し始めた頃からそうだ。

 

 特にお姫様のような我の強そうなタイプは、中々現実を受け入れられず、朝がきて迎えが訪れても騒ぎ続ける事が多いのだ。

 私自身、似たような性格の物に見捨てるなと最後まで罵倒され続けたりと、良い思い出が無いので逃げようと試みたのだが。お姫様はひと味違っている様だ。

 

 「ふふん、一生で一度の機会なのよ!あたしのこの可憐な容姿に似合うよう、明日のお迎えは素敵にエスコートされるつもり」


 まるで花嫁に憧れる少女のように、お姫様は心から楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべる。余りにも場違いなその仕草に、私は聞かずには居られなかった。


「……心残りは、無いんですか?」

「無いわ」


バッサリと言い切られる。お姫様は腕を組み、どこか得意気に続けた。



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