お姫様は俯かない 1

「ちょろちょろ目障りだなあ……。俺、本当に動物嫌いなんだよ」


 知っている。私も貴方にそう思ってる。


「殺しちまったら沙智に嫌われるだろうしなあ」

 

 いっそ嫌われてしまえば良いのに。


「なあクロハ。猫って死ぬ時には人前から姿を隠そうとするんだろ?沙智がいない間にさ、何処か行って勝手にポックリ逝ってくれないか」


 沙智さんをお前に委ねたままで、絶対死んでやるものか。

 夜9時。昼間出かけていた私は、同じく昼に沙智さんの部屋を訪れていた山木勝と鉢合わせていた。恋人が夜勤に出た後も、帰っていなかったらしい。

 

 躊躇いなく猫に嫌悪の視線をぶつけるこの男は、これでも今日はまだ機嫌が良い方なのだ。動いているのが口だけだから。

 

 しかし私と長時間一緒にいると、また何をしでかそうとするか分からない。

 帰ってきたばかりだけど、また小屋に避難するとしよう。

 今日は窓が閉まっているから、玄関に向かって勝を呼びつける。


「お、何だ出かけるのか。言葉が通じたかな」

 

 さっきの話の後だからか、勝はすんなりと出てきてドアを開ける。


「もう二度と戻ってくるなよぉ」


 そんな事を言うものだから、去り際に威嚇を返しておいた。

 背後で舌打ちが聞こえたような気がした。


 そうしてやって来たのはいつもの小屋、ではなく、普段の住宅街から離れた地域だった。 

 そこに有るのはいつもの木製とは違い、車庫をそのまま利用し、シャッターではなく網を張った変わった小屋だ。

 初めは個人のものかと思ったが、どうやら近場の住民で共用らしい。アパートまで距離はあるが、広々としているので気分転換も兼ねて時々こちらで寝泊まりしているのだ。


 夜である事と、何十にも張られている網のせいで、中に入ればやはり暗闇が落ちる。しかし、静寂は訪れなかった。

何故なら。


「この見窄らしい場所どうにかならないの?! 狭くて臭くて汚らしい!私に何一つ似合わないじゃない」


 既にやたらと騒いでいる先客がいるから。


 半透明の袋から継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみが覗き込んでいる。ボロボロで分かりづらいが、お姫様の形をしているようだ。

 しかし、出てきている思念体は、黒い髪にTシャツとスカートを纏った、明らかに現代の庶民であろう幼い女の子の姿をしていた。

 

 


 

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