デジタルな愛とアナログな憎 5

「で、決心出来なかった由利ちゃんの手で捨てられたって訳だよお」

「あ、藁!最後の言葉だけ取らないでよ」


一通り聞き終えて、すぐには反応出来なかった。

 1人の動画配信者を応援したい気持ち。沙智さんも良く見ているし、時々私にも見せてくれるから分からなくはない。そこから生まれる想いも。恋をする権利は皆持っているものだ。例え会った事が無くても、それを否定する事は誰にも出来ない。

 

 でもそこから先は、恋を経験していない私には分からなかった。恨みから生まれる身勝手な行動は、酷く狂気的で。踏みとどまったという一言だけで、どれだけ肩の力が抜けたことか。


 「お二方は、持ち主さんの事をどう思っていたんですか?」

 

 正直に言えば、私はその由利さんに対して余り好意的な印象は持てなかった。他人を害そうとした部分に、どうしても共感出来なくて。だから目の前の彼女達に、同意を求めたかったのかもしれない。


「うーん、私は由利ちゃんがリオンヌを好きな時から知っているからね。その時の由利ちゃんはさ、例え向こうが認識していなくても、恋する乙女って感じで本当に可愛かった。流石にお金は使いすぎだったし、悪い事考えるのは良くけど。」


 だからリオンヌの恋人が元々ファンの子だって知った時、やるせなかったよと、写真さんは苦笑いする。


「恋をしても、一線を引いてマナーを守って、正しく応援していた子は何があっても報われないのに。直接会いに行ったファンは恋人の座を手に入れちゃうんだもの。ちょっとだけ由利ちゃんに同情しちゃった」


「……そうでしたか」

「藁人形さんはどうお考えなんですか?……その」


 言葉が濁る。察した藁人形さんがその先を拾ってくれた。


「んん?恨みを払す為に生み出されたのにって事かなあ?そうだなあ、私は生まれたばっかりの赤ちゃん同然だし、まだ物としての自覚も薄いからさ。その辺は割とどうでも良いんだよねえ。ただ、持ち主たる由利が不幸な道を辿らなくて良かったとは思うかなあ」


「いやいや分からないよ?結局我慢出来なくて繰り返しちゃうかも!」


写真さんが冗談めかして茶々を入れる。聞き流した藁人形さんは口角を上げて、


「そもそも物は持ち主を選べないんだから、行動に対してどう思うかって質問は無意味だよお」


カラカラと笑う。


 そうだ。私は何を勘違いしていたんだろう。今は私がこうして彼女達の心に直接触れてはいるけれど、それは私が気配に鋭い猫という生き物だからだ。人に対してその意思を主張できる術はない。選択肢など端から無いのだ。


 心を持ちながらも、物である事に従事し続けるしかない彼女等に対して、心を持ち、僅かながらでは有るが意思を伝えられる私は何を求めていたのか。儀式に対して写真と藁人形が不満を抱いたところで、止められる訳では無いのに。己が酷く恥ずかしく思えた。


 一方的に知った相手を愛して、憎んだ由利さん。彼女が世間からどう思われようと、その手によって捨てられようと、この2つの物は、彼女の心に寄り添うのだろう。持ち主の幸せを願いながら。


 「いやあ、長話になっちゃったね!聞いてくれてありがとう、猫ちゃん。今日はもうゆっくり休んで」

「はい、おやすみなさい」


 体を臥せって目を閉じる。

 1人の女性の愛と憎しみの結晶達は、最後に何を話すのだろう。

 私はそれを、知らなくて良い。


 


 



 




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