デジタルな愛とアナログな憎 1

 私、滝島クロハは何処にでも居るしがない黒猫である。


「クロ。クロハ」

 

 陽だまりに溶けたように穏やかな声。彼女こそが私の飼い主、滝島沙智さん。看護師として市立の病院に勤める28歳。

 親を亡くし、天涯孤独となった私を拾ってくれた。以降もずっと私を可愛がり、愛してくれる第2の母とも呼べる人。本当に感謝してもしきれない。

 

 しかしそんな彼女には、致命的な欠点が有る。


「今日は勝さんが来るよ。楽しみだね」


 うっとり。そんな言葉が似合う位、蕩けきった笑みを浮かべる。大好きな恋人が居て、今が幸せの絶頂ですと言わんばかりの彼女は、しかし男を見る目が無いのだ。

 

 彼女の恋人、山木勝、32歳。沙智さんとは半同棲状態で、合鍵を貰って部屋に出入りしている恋人。ごく普通のサラリーマンだ。表向きは。実際には相当金にがめつく、そしてかなり短気で攻撃的だ。


「勝さんに、実は口座作って二人の結婚資金貯めてたのって今日言っちゃおうかなあ。重たい女に思われるかな。でも、結婚を前提に付き合って下さいって告白されたんだから視野に入れてて当たり前だよね。それとも、もうちょっと貯めてからにしようかな。どう思う?」


 どっちでも良いと思う。既に向こうは勝手に棚を漁って、通帳に気付いているから。それを咎めようと鳴いたら、この間グラスを投げられて殺されそうになった。

 

 あの日沙智さんの勤務シフトが夜勤でなければ、現場を抑えられて今頃2人は破局していたというのに。流石に結婚資金とは思っていないだろうから、今頃はどうやってそのお金を自分に譲らせようか考えを巡らせているところだろう。

 

 本当はこのまま勝の邪魔をしたいところではあるが、グラスを投げられた恐怖が未だ残っているので早めに退散しよう。私は玄関でにゃあにゃあと主張し、正当な外出権を得て部屋を後にした。


 



 そうして今夜も住宅街を歩く。まだ少しだけ車の行き交う音が耳に届くが、時期消えていくだろう。足を動かしながらぼんやりと星空を眺める。

  

 時々、この世界は地球という舞台なのでは無いかと思う時がある。昼間を演出したい時は頭上に水色や灰色の幕を飾って、夜を演出する時は紺色の幕に穴を沢山開けて、そこから色取り取りの照明を学芸会のように当てるのだ。 

 

 演者は私達。否、実際には人間達で、私は風景と一緒なのかもしれない。誰がどういう配役で、何を演じるかは知らされていなくて。全部が全部嘘。だから演目や詳細は退場した後に知らされて、二度と会えないと思っていた相手も、してやったりとひょっこり顔を出すのだ。そう、例えば、修理の保証期間を何年も過ぎたタブレットとか。

  そんな下らない事を考えながら、いつもより遅い足取りで目的地を進むのだった。

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