初めましてとおやすみなさい 3

 「何やらあの人が新顔と調べ物をして、忙しなく電話を掛けていたのをぼんやりと眺めていた。そうして気づいたら此処にいたのさ」

 

 最初に宣言したとおり、口は挟まなかった。ただ静かに聞き入る。この小屋では別段珍しくもない話だ。いつまで経っても慣れないけれど。


「なあ君。……これだけは教えて欲しい。……私は、あの人に捨てられたのかい……?」

「…………はい」

 

 この問答も、もう何度も繰り返した。男性は肩を落とし、項垂れている。

耐えるように強く目を瞑り、唇を噛み締める。


「……うぅ……ぐっ……畜生……!」


 顔に力が入りすぎて真っ赤になる。それに伴う様に、彼は顔を上げ激情を露わにする。


「あの人も会社の連中も、何が後任だ! 私は自分の立場を誰かに譲った覚えはないぞ! 私より小柄で連れて行きやすいだか何だか知らないが、そんな下らない理由で長年役立ち続けてきた私をあっさり捨てやがって! 巫山戯るんじゃない、巫山戯るんじゃない!!」


 咆哮。身の内に宿った感情を吐き出すと、ぜえぜえと肩で息をし、もう一度項垂れた。嫉妬も、悔しさも、遣り切れなさも。全てをない交ぜにして口から吐き出した。


「……分かっているんだ」


 ぽつり。今までが嘘のようなか細い声。


「私よりずっと優秀なものが現れた。おまけに私は寿命だった。幼い子どもでも分かる、乗り換えるのは至極当然の事だ。だって私もまた、誰かの立場に成り代わったのだから。前任の顔すら覚えていない」


 先ほど親父さんが語った、新しい家族が男性を眼中に入れないであろうというのは、自身に似た経験があったからか。


「分かっている……分かっているんだ…………でも……」

「寂しいじゃないか…………」


 男性は声を震わせ鼻を僅かに啜ると、穏やかな声と繕った笑みを私に向けた。


「長話をして済まなかったね。恥ずかしいところを見せてしまった」

「いえ」

「さあ、もう休むと良い。私はもう少しだけ起きているよ」

「良いんですか?」


 寝ていても良いのかという意味では無い。良くないと言われたところで、私にはどうしようも無いけれど。それでも問わずにいられなかった。親父さんは一つ頷いてみせる。目の前にあるのは小屋の壁だけだというのに、何処か遠くの眩しいものを見ている気がした。


 「新しい家族が増えたのはね、あの人の息子や孫からの誕生日プレゼントが切っ掛けだったんだよ。お祖父ちゃんはいつも難しい顔をしているから少しでも手助けになれば、とね」

「自分から距離をおき続けてきたから嫌われているだろうと思い込んでいたあの人の、嬉しそうな顔といったら。その後の交流だって、あれが居たから出来た事だ」

「私には終ぞ見せてくれなかった、あの人の笑顔。心残りが無い訳じゃないし、気にくわないが、彼の大好きな家族が贈った、頼もしい後釜だ」

 

 私ももう動けないしね、と自嘲する。沢山吐き出して、ほんの少しだけ、気持ちの整理が出来たのかもしれない。お言葉に甘えて、今日はもう体を休めることにした。眠れなくても、目を閉じておくべきだろう。ここから先は彼だけの時間だ。でも最後に。


「あの、親父さん」

「会ったばかりの私になんて、言われたくないかもしれませんが」

「お疲れ様でした。貴男は本当に、頑張って、頑張って。立派な方だったんだと、思います」


 我ながら柄じゃない。真っ直ぐにぶつけたありふれた言葉は幼稚に感じられて、少し照れ臭くなったので、お休みなさいと言い捨てて背を向けた。彼がどんな顔をしていたか、見ることはできなかった。

「ああ、お休み」


「ありがとう」




                       


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