第二服 同乳連枝(参)

おなじうしてえだつらねる


 高国の意向を受けた朝廷は、十一月廿五日1月2日、将軍継嗣に与えられるのかみに亀王丸を任じた。


 十二月廿四日1月31日亀王丸は元服して義晴となり、翌廿五日2月1日、征夷大将軍に任じられ、政務が始まった。勿論、十一歳の義晴が政務を行える筈もなく、細川高国や政所執事のさだただいいかわくにのぶおおだてひさうじら義澄を支持していたとも衆や、はり国(現在の兵庫県南部)に所領を持つ奉公衆・みつぶちはるかずの姉で大舘常興養女ののつぼねらが政務の補佐を行った。


 伊勢貞忠は足利義澄・義稙に仕えた貞陸さだみちの子で八月に家督を継いだばかりではあったが、将軍家に代々仕える政所執事の家柄である。父・貞陸は祖父・貞宗さだむねが義澄の後見をしていたことからも心情的には義澄派であり、貞忠も同じと見られていた。


 飯川国信・大舘尚氏はともに奉公衆であり、幕府直属の軍事や代官などを務めている。特に大舘尚氏は父・教氏のりうじ同様、有職故実ゆうそくこじつに詳しく北陸方面の申次もうしつぎ衆を兼務するほどの将軍側近であった。


 その将軍を支えていた細川氏は永正の錯乱さくらんと両細川の乱という二つの内訌ないこうによって弱体化した。そこに現れたのが阿波守護代三好筑前守ゆきながである。


 三好之長は阿波守護細川讃州さんしゅう家に仕える阿波の豪族で、元々は守護代小笠原家に仕えていた久米氏の一族だった。


 久米氏というのは伊予の国造くにつくりのみやつこを拝命した久米のあたいの後裔で、伊予久米郡を領していた。


 これの一族が阿波へ入り、三好郡に土着して勢力を伸ばしていく。主家である小笠原氏の姻戚となり、主家が没落すると、これに取って代わったのである。


 そして細川澄元すみもとの京兆家・家督を取り戻すため、之長は大内義興が山口に帰郷し、高国の軍勢が弱まった隙を突いて畿内へ進出した。之長も摂津に拠点を設け、家督も取り戻し、政権運営も上手く行ったのだが、之長を支持していた讃州家先々代当主の成之しげゆき、当代当主之持ゆきもちが相次いで亡くなると、澄元との仲が元々あまり良かったとは言えなかった之長は四国勢の諸豪族から反発されるようになっていった。


 そして、永正十七年西暦一五二〇年等持院とうじいんの戦いで局地的な勝利を収めたものの、之長に反発した久米氏・河村氏・東条氏などが高国に降ったため、大勢が決して三好勢は大敗した。


 高国勢の包囲を破れなかった之長はどんいんに身を潜めたが、高国の知るところとなり、謀られて次子・孫四郎長光、三子・芥川次郎長則、越後守長尚の子・新五郎長久と共に斬首されたのである。


 千熊丸の父は三好長基という。細川澄元に仕えた之長の四男であり、嫡子のながひでの同母弟である。のちに古今無双の武将として名を馳せる男であるが、現在は細川高国と対立し、病死した澄元の遺児とともに阿波にひっそくしていた。


与右衛門よえもん殿、孫次郎様はそなたを大いに頼みにしとると申されとった。頼んだぞ」


 親しげに与右衛門田中忠隆に話す人物、六十を少し過ぎたばかりの老人で、物腰も柔らかく人当りも良さそうであるが、小兵の割にはガッチリとした体躯たいくをしている。相好を崩して話し入る様子から、与右衛門田中忠隆とは旧知の仲であることが察せられた。


「いやいや、蔵人くらんど様こそ、ご当代の後見。私なぞ微力にもなりゃしまへん」


 蔵人とよばれた好々爺は、三好長基の叔父で彦四郎ひこしろう蔵人之秀ゆきひでという三好家の長老である。その物腰は飄々としており、一見して戦人とは思えなかった。三好家の人々というのは、文化の匂いのする者が多いのが、与右衛門田中忠隆の好ましきところであった。商人だからと見下げぬところがさらに良い。


「蔵人などと呼んでくれるな与右衛門田中忠隆殿。昔のように気安く彦四郎でよい。それにな、千熊を預かってもらえること以上に、今の大事はあるまいよ」


 高々と笑い声を挙げる三好之秀につられて与右衛門田中忠隆もともに笑い声を挙げた。その裏に、阿波での逼塞が困難を極めることが分かる。


 商人として何ができるかなどという気はない。ただ、出来ることをする――与右衛門田中忠隆にはそれしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る