第一服 三午生休(肆)
茶垸は真塗――艶のない黒く深い漆塗の台子の手前、唐銅鬼面風炉の前に置かれ、台子には青瓷の
青瓷
こぼしとは後世の建水のことで、湯や水を棄てるための器をいい、泪とか水翻などと書くこともある。与右衛門も青瓷のこぼしを探してはいたが、気に入る物がなく、色も合わず、仕方なしに無難な物で済ませていた。いずれも唐物だが、名物ではない。ただ、
柔らかい上品な茶の香りが立った。照りも申し分ない。満足げに笑みを浮かべて、茶筌を茶垸に預け、少しばかり湯を足すと、再び茶筌を手にする。客が居る訳ではない。手持ち無沙汰な上に落ち着かぬゆえ、無聊に茶でも点てようかとはじめたのだ。が、やはり心ここに非ずである。
じっと、点てた茶を見つめると、清水のような茶垸に抹茶が写り込んでいた。ゆっくりと茶筌を引き上げ、一呼吸、茶筌から垂れないように心付けて、茶入に並べる。
茶垸の高台は熱い。特に青瓷は熱を通してしまう――それも好い青瓷ほど薄いため、掌に熱湯を押し付けられているようになるのだ。故に
その時、急に陽が翳りをみせる。雲一つなかった空がみるみる暗くなった。
ポツリ。
空から雨が落ちてきたかと思うや否や、夕立かと見紛うばかりな雨である。まだ、
「……むぅ」
舌の上にどろりとした抹茶が広がった。心を洗うような香りが鼻腔をくすぐり、爽やかな茶の甘みが口当りを軽く感じさせる。そして深いコクのある渋みが喉を通り、
「ふぅ……」
続けて二口。飲み干すように上を向いた。
時折聞こえる大声は、産婆のものだ。まだ、産声は聞こえない。いや、まさか。茶垸から口を離して
(悪うことを考えれば、その通りになるやないか。きっと元気な男子が生まれるよって……)
急に変わった空模様に感じた不吉さを振り払うように、天目台に茶垸を戻す。改めて湯を取り、茶垸に注ぐと、薄茶のような残り湯になった。茶垸を取り上げ、ゆっくりと三度湯を廻す。
雨は激しさを増している。激しい風と雨であった。終いには雷が鳴った。
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