第一服 三午生休(肆)

うまみつしてきゅう


 与兵衛田中行隆の目の前にはせいちゃわんが黒塗青貝の天目台に載せてある。この当時、茶垸といえば天目や天目形の物を指す。青瓷の場合は本来「石偏に完」と書くそうだが、この字は現在残っていない。


 茶垸は真塗――艶のない黒く深い漆塗の台子の手前、唐銅鬼面風炉の前に置かれ、台子には青瓷のかいが並ぶ。皆具とは並べられた道具が一様の素材で出来ていた。後世では同じ作家の同手の物を指すが、この時代にはまだ無い。寄せ皆具と言って、違う作家のものを寄せあつめて似たような色調のものを見つけるのである。


 青瓷みずさしに青瓷しゃくたて。共に陽刻の唐草文が釉薬うわぐすりの下から精緻な造形を覗かせている。器膚の色の似た道具はなかなか揃わぬものだが、どうして手は幾分違うものの、余程の目利きが揃えたのだろう、違和感がない。それだけに唐銅で深鉢形のこぼしがそれに添えられているのが惜しかった。


 こぼしとは後世の建水のことで、湯や水を棄てるための器をいい、泪とか水翻などと書くこともある。与右衛門も青瓷のこぼしを探してはいたが、気に入る物がなく、色も合わず、仕方なしに無難な物で済ませていた。いずれも唐物だが、名物ではない。ただ、与兵衛田中行隆は気に入っていた。高価すぎるものは分不相応であり、気軽に使えぬものだ。色の合う青瓷のこぼしが見つかれば、茶会を開いてみようと思うかもしれぬ。


 与兵衛田中行隆は抹茶が飛び散らぬよう、見込みの脇に湯を垂らし、おもむろに茶を煉り始めた。今で言う濃茶である。天目での濃茶は力を入れ過ぎれば天目が揺らぐ。優しく丁寧に茶筌の柄を振った。天目台にしっかと押し付けるように左手をえ、右の臂でる。与兵衛田中行隆が用いた茶筌は現在でいう「天目立て」という些か柄の長い天目専用の茶筌だった。


 柔らかい上品な茶の香りが立った。照りも申し分ない。満足げに笑みを浮かべて、茶筌を茶垸に預け、少しばかり湯を足すと、再び茶筌を手にする。客が居る訳ではない。手持ち無沙汰な上に落ち着かぬゆえ、無聊に茶でも点てようかとはじめたのだ。が、やはり心ここに非ずである。


 じっと、点てた茶を見つめると、清水のような茶垸に抹茶が写り込んでいた。ゆっくりと茶筌を引き上げ、一呼吸、茶筌から垂れないように心付けて、茶入に並べる。


 茶垸の高台は熱い。特に青瓷は熱を通してしまう――それも好い青瓷ほど薄いため、掌に熱湯を押し付けられているようになるのだ。故に与兵衛田中行隆は懐中から帛紗――現代では古帛紗と呼ばれるもの――を取り出し天目を載せると、そのまま一口茶を喫もうとした。


 その時、急に陽が翳りをみせる。雲一つなかった空がみるみる暗くなった。


 ポツリ。


 空から雨が落ちてきたかと思うや否や、夕立かと見紛うばかりな雨である。まだ、昼九つ正午を過ぎたばかりだというのに。


「……むぅ」


 与兵衛田中行隆は急に不安に駆られた。それを圧し殺すかのように一口む。


 舌の上にどろりとした抹茶が広がった。心を洗うような香りが鼻腔をくすぐり、爽やかな茶の甘みが口当りを軽く感じさせる。そして深いコクのある渋みが喉を通り、与兵衛田中行隆を満足させた。流石にとがのと並び称される宇治七茗園の一つ、しゅくめいえんから取り寄せたものである。


「ふぅ……」


 続けて二口。飲み干すように上を向いた。


 時折聞こえる大声は、産婆のものだ。まだ、産声は聞こえない。いや、まさか。茶垸から口を離してかぶりを振った。


(悪うことを考えれば、その通りになるやないか。きっと元気な男子が生まれるよって……)


 急に変わった空模様に感じた不吉さを振り払うように、天目台に茶垸を戻す。改めて湯を取り、茶垸に注ぐと、薄茶のような残り湯になった。茶垸を取り上げ、ゆっくりと三度湯を廻す。ほどけるように、吸い痕が消え行き、元の清水のような青瓷の器膚が姿を現す。そして、ゆっくりとこぼしに湯を空けた。


 雨は激しさを増している。激しい風と雨であった。終いには雷が鳴った。

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