第2話 前世の記憶
僕と父さんはマーサおばさんの家に行った。すると、家の中から一人の少女が、木の剣を持って僕に向かって打ち込んできた。
「隙ありよ! ミライ!」
「ま、ま、待って!」
僕は慌ててその剣を避けた。すると、マーサおばさんが一喝する。
「こらっ! アリス! いきなり何するんだい!」
「マーサさん。いいんですよ。ミライは少しボケッとしているところがありますから、アリスちゃんのような存在はミライにとっては大切なんですよ。」
その後、父さんがマーサおばさんにホーンラビットを1匹渡した。
「いつもいつも悪いね。ダンテ!」
すると、それを見てアリスが反応した。
「ミライ! あなた、ダンテおじさんと狩りに行ったの?」
「そうだよ。1匹仕留めたよ。」
「なんで? なんで私を誘わないのよ~!」
アリスは再び木剣を構えようとした。僕は慌てて父さんの後ろに隠れた。
「アリスちゃん。次は俺が忘れずに誘うから、ミライを許してやってくれるかい?」
「いいけど、でも、次は絶対に誘ってくださいね!」
その日の夜は母さんがホーンラビットのシチューとステーキを作ってくれた。母さんの料理はいつでも美味しい。僕は狩りの様子を母さんに自慢気に話した。母さんはニコニコと笑いながら褒めてくれる。
「母さん。やっぱり父さんはすごいんだ! 僕は1匹しか取れなかったけど、3匹も仕留めたんだよ。」
「でも、ミライも偉いわよ。初めての狩りでホーンラビットを仕留めたんでしょ?」
母さんに褒められてすごく嬉しかった。
「僕はもっともっと強くなって、父さんのように母さんを守るんだ~!」
「まっ?! 嬉しいわ。なら、たくさん食べて父さんのように大きくならないと駄目ね。」
「うん。」
翌朝、いつものように庭で剣の素振りをしていると、アリスがやってきた。アリスとは姉弟のような間柄だ。2人ともマーサおばさんの母乳で育てられ、小さいころからよく一緒にお風呂に入ったり、寝たりした。何をするにもいつも一緒だ。それだけに、僕が父さんと二人で狩りに行ったことが気に入らないのだろう。
「ミライ。今日の予定は?」
「別に何もないよ。」
「なら、一緒に山に行かない?」
「ダメだよ! 父さんや母さんに叱られるよ。」
「情けないわね~! 男でしょ!」
「・・・・・」
「いいわ。なら、私だけで行くから!」
「いいよ。行くよ。そこまで言うなら僕も一緒に行くよ。」
僕は父さんと母さんに内緒で、準備を整えてアリスと一緒に山に向かった。
「この前、ミライがホーンラビットを仕留めた場所まで案内しなさい!」
「いいけど、この山にはブラックベアっていう強い魔物がいるらしいよ。剣を抜いて歩いたほうがいいよ!」
「大丈夫よ。ミライより私の方が強いんだから。それに、私は魔法が使えるもん。だから大丈夫。そんなのが出てきたら私がミライを守ってあげるわ。」
僕は、精神を集中して歩いた。すると、何やら背中に冷たいものを感じた。草むらからカサカサと音が聞こえる。もしやと思った瞬間、僕は遠くに吹き飛ばされた。ブラックベアだ。僕はブラックベアの一撃で吹き飛ばされたのだ。胸のあたりから血が流れている。
「キャー!!! ミライ!!!」
「アリス! 逃げろ! 僕が足止めするから、はやく逃げろ!」
「何言ってるのよ! 傷だらけのミライを置いて逃げられるわけないでしょ!」
ブラックベアが手から鋭い爪を出して、僕達に襲い掛かる。剣で防ぐが、完全に力負けだ。僕は再び後ろに大きく飛ばされた。アリスは怯えて座り込んでしまった。このままでは、アリスまで殺されてしまう。
「アリス! おい! アリス! しかっりしろ!」
僕は胸の痛みをこらえて、アリスに近づき頬を叩いた。
「痛っ!」
「大声で叫びながら山を下れば、誰かいるかもしれない! このままじゃ、2人とも殺されるだけだ!」
僕の言葉でアリスは正気を取り戻した。アリスが大声で叫びながら、その場から遠ざかり始める。僕は、心の中で一生懸命念じた。
“死にたくない。死にたくない。死にたくない。”
すると、時間が止まったようにゆっくり流れる。そして、身体が燃えるように熱くなり、僕の右手に大きな火の玉が現れた。僕はその日の玉を突進してくるブラックベアに投げつけた。次の瞬間、意識を失った。
☆☆☆☆☆
ここはどこだろう? 真っ白の空間の中に自分がいる。だが、不思議なことに身体がない。
「気が付いたか?」
「誰?」
「私は大いなる意思だ。」
「大いなる意思?」
「そうだ。ここはすべての始まりの場所だ。ここには、物体もなければ距離も時間もない。」
「僕は死んだの?」
「死んだわけではない。ここでは意識だけが存在する。」
「お前には今の世界で修行の続きをさせる。だが、前世のお前がどんな人物だったか教えてやろう。修行の助けになるだろうからな。」
走馬灯ように記憶が蘇ってくる。僕は見たことのない景色の場所にいた。すごく大きな建物が並び、見たこともない鉄の箱がすごい速さで動いている。
“そうだ! 僕は鳥居和也だ。僕は大学を卒業した後、商社マンとして世界中を駆け巡っていたんだ。途上国に行った時にスラム街に住む人々の生活を見て、何とかしたいと思ったんだ。だから、潔く商社をやめたけど、あの時は両親も周りの連中も驚いていたな。現地で暮らしながら、井戸掘りや農業の促進。大変だったな~。辛いこともあったけど、でも楽しかった~。現地の人々は優しかったし、貧しいながらも笑顔にあふれていた。懐かしいな~。でも、流行り病にかかったんだよな。結局、あの時やっぱり死んだんだな。”
☆☆☆☆☆
「ミライ! ミライ!」
誰かが遠くで僕を呼んでいる。僕が徐々に意識を取り戻すと、僕の目の前には泣いている母さんの姿があった。その横には、不安そうな顔をしている父さん。さらにその横には鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしたアリスがいた。
「ミライ——————!!! 良かった————!」
母さんが僕を力いっぱい抱きしめた。懐かしい甘い匂いがした。自然と僕の目から涙が溢れた。けど、豊満な胸に顔が埋もれて息ができない。
「マリア! ミライが苦しがってるぞ!」
「ごめんね! ミライ。」
どうやら僕は3日間ほど意識を失っていたらしい。父さんの話によると、ブラックベアに襲われ、アリスが大声で山を下る途中、偶然ダンテとゲンタに出会ったらしい。急いでダンテとゲンタが現場に向かうと、すでにブラックベアは焼け死んでいて、その近くに僕が倒れていたようだ。
「きっと神様が助けてくれたのね。ミライはいい子だから。」
「マリア。いい子は勝手に山に行ったりしないぞ!」
「ダンテおじさん。違うの! ミライは行きたくないって言ったのよ。それを私が強引に・・・」
アリスが泣きながら謝っている。その後ろではマーサおばさんとゲンタおじさんが申し訳なさそうにしていた。
「マーサおばさん。ゲンタおじさん。アリスを叱らないで。僕もアリスも冒険したかっただけだから。もう二度としないから。お願いします。」
「ミライは優しいのね。アリス! 二度とダメよ!」
「ごめんなさい。」
僕は意識を取り戻した後、鳥居和也という青年の記憶とミライとしての記憶が同居する状態が続いた。何か不思議な感覚だ。だが、そんな話をしても誰にも信じてもらえそうもなく、僕はそのことを秘密にすることにした。
“でも不思議だ。あの時、僕の手から火が出たんだよな。魔力なんかないはずなのに。でも、あんなに大きなブラックベアが焼け死んでるなんて、やっぱり僕が魔法で仕留めた以外は考えられないよな~。”
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