禍を照らす光
お昼前、村の集会場を貸し切ってもらい、昨夜の面々が顔を合わせた。
フロントには昔使われていた鍬や狩猟道具が展示されている。待ち合わせ用のソファに三村さんが座っていて、他の人たちは立ち上がって僕が話し出すのを待っている様子だった。入口のガラス扉の向こうに人だかりが出来ている。ガヤガヤと話す声が響いた。
「早くしとくれ。誰が殺したんじゃ?」
口火を切ったのは三村さんだった。不機嫌そうに口角を吊り上げ、唾でも飛ばす勢いで僕を睨みつける。隣に立つ野口さんが心配そうな視線を向けるけど、逆に安心させるように頷いてみせた。
「三村さん。その前に一つ、確認させて頂いてもよろしいですか」
「なんじゃ」
「先程まで、どちらにいらしたのですか?」
「なっ、何していようが勝手だろ。村を見て回っていたんだよ」
「そうですか。いえ、他の皆さんとは話ができたのですが、三村さんだけお姿が見えなかったので」
全員の表情が変わった。証拠隠滅をしていたのではないか――そんな声が聞こえてきてもおかしくない。
「おい三雲君。考えがあるならはっきり言ってやれよ」
痺れを切らした三尾さんが腕を組みかえた。
「では単刀直入に――。犯人は吉村さん。あなたです」
僕は視線を三村さんから吉村さんに移す。名指しされた彼は微動だにせず立ち尽くしていた。思わぬ指名に他の人たちが一斉に息を呑んだ。
「おいおいおい、冗談だろ?」
呆気にとられたのは一瞬で、吉村さんはオーバーに首を振る。
「俺が野々宮さんを殺しただと? 彼は一般客で今日初めて会ったんだぜ? そんな彼を殺す動機なんかないね」
「ええ。だと思います」
「はぁ? そうか。わかった。今のは大目に見てやるよ。気が動転していて口が滑ったんだな。この状況なら仕方ないよ」
張り詰めた空気が緩むのを感じる。同時に、僕への憐みの視線が向けられる。
けれど僕は握り拳をつくり、頭の中に浮かんだただ一つの真実を突き付ける。
「誤って殺してしまったんですよね?」
「……なんだと」
吉村さんの顔色が変わった。
「本当は――」と僕はやり取りに欠伸を浮かべていた三村さんを指さす。「三村さんを殺すつもりだったんですよね?」
「なななっ!」
驚いた三村さんはソファから腰を浮かし、数歩後ずさる。吉村さんの周囲に立っていた三尾さん、矢野さん、関口さんが彼から離れる。三人とも目を見開き、矢野さんに至っては瞳に涙を浮かべていた。隣の野口さんは口元に手を当て小声で「ほんとうなの?」と呟いた。僕は力強く頷きを返す。
「う、うそだよね吉兄ぃ?」
矢野さんのか細い声がフロントに反響する。
「は、はったりだよ」
髪をかきむしった吉村さんが僕を睨む。
「ひとを殺人犯呼ばわりした以上、説明してもらおうか三雲君。もう間違っていましたじゃ済まないぞ?」
「わかっています」
僕は思考を整理しながら口を開く。
「まずあなたは僕らが就寝することになった大部屋に仕掛けを施しました。三村さんを殺害するための殺人装置です」
「ほう? それはなんだ? どこに設置したんだい?」
「場所は大部屋入って正面の棚の上です。事件後、そこだけ綺麗に片付けられていました。もう一方の棚の上には目もくれず。乱雑だった棚の上に仕掛けを隠すように設置し、犯行後に痕跡を消すために片付けたのではないですか?」
「さぁな。単純に忘れちまっただけじゃねえか」
あくまでしらばっくれるつもりらしい。
「では仕掛けについて。詳細はわかりませんが、恐らく自動で矢のようなものを射出する装置だったと推測できます」
全員が息を呑んだ。特に関口さんと三村さん、野口さんは身震いした。僕も改めて考えるとゾッとする。
吉村さんの反論の前に畳みかける。
「根拠は深夜聞いた物音です。スルスル――という音でした。思い出してみると、何かを巻き取るような音だったと思います。これは一緒の部屋で休んでいた関口さんも耳にしています」
関口さんに目配せすると、彼は小さく頷いた。
「矢のようなものが射出され野々宮さんの命を奪った後、凶器を回収していた音だったのではないかと。いかがですか吉村さん?」
「あっはははは!」
三尾さんばりの豪快な笑い声をあげた吉村さんは、咳払いしてから口を開く。
「装置から矢が射出されて野々宮さんの命を奪った、か。なかなかアクロバットな推理だが、不可能な点があることに気づかなかったようだな」
一同の疑問を尻目に、吉村さんは腕を広げて言い放つ。
「寝ている人間の頭めがけて矢を自動で放つことさ」
吉村さんはジェスチャーも交えて解説する。
「人間ってよ、寝返り打つだろ? その都度頭の位置が変わる。まるで動く的に当てるようなものだぜ? しかも自動で。どんなAIが搭載されていたんだか」
「なるほど。しかしそれを行うのにAIほどの高度な技術は必要ありません」
僕は次なる真実を吉村さんに向かって撃ち込む。
「顔認証システムです。村の入口にあるやつですね。これに暗視対応を施しておき、暗闇の中ターゲットの顔を認証した装置から矢が自動で射出されて野々宮さんの命を奪ったのです!」
うっ、と吉村さんが喉を詰まらせた。
「しかしよぉ三雲君」
話を黙って聞いていた三尾さんが太い腕を組みながら首を傾げる。
「装置は部屋入って正面の棚の上だろ。どのくらい可動範囲があったか知らんが、そう簡単に野々宮さんの顔を認証できるとも思えないのだが」
三尾さんの隣で両肩を抱く矢野さんが、うんうんと頷く。「寝る場所だってわからないし」と呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。
「いえ、寝る場所はあらかじめ決まっていました。矢野さんたちが布団敷いてくれたじゃないですか」
「あっ。確かに」
ポンと手を叩いた矢野さんだが、
「いや、難しくないですか」
代わりに静かに聞いていた関口さんが探偵ばりに、顎に指を当てる。
「仮に可動範囲内に布団が敷かれたとして、ランダムなのは否めません」
疑問が出きったところで、次の一手を放つ。熱弁を振るう機会などそうないから、掌には手汗が滲んでいた。
「確かに確率論に委ねる必要が出てきます。そこで確実にターゲットを殺めるためにエサを撒いたんです。ターゲットは枕が硬いのが好みだったようですから」
「あっ」
矢野さんが驚いたように声をあげた。
「そういえば吉兄、枕を一つ硬いのにって」
矢野さんの視線を受けた吉村さんは、ぎゅっと唇を噛んで顔を伏せた。
「エサとなる硬い枕を装置が一番狙いやすい布団に仕掛け、あとはターゲットがそこに陣取るだけでした。しかしここで、誤算が生じた――矢野さんが硬い枕を置く場所を間違えてしまったのです」
矢野さんが息を呑んだ。両肩を抱き震え始める。三尾さんが傍らに立ち、がっしりした腕を彼女の震える肩に回す。
「正面入って左一番奥に置く予定でしたが、右奥に置いてしまったのです。これによりターゲットとなる三村さんは射程内に入らず、代わりに野々宮さんが寝てしまった」
あのとき――殺されていたのは僕や関口さん、さらには野口さんだったかもしれないと思うと恐怖で動けなくなる。しかし実際に野々宮さんが犠牲になってしまった。たまたまハズレを引いてしまったのだ。
フロントに漂う静寂。矢野さんのすすり泣く声がBGMとなり、かすかに空気を揺らし始める。
「三村さんを殺そうとした動機は僕にはわかりませんが」
吉村さんは顔を伏せたまま。
「あなたは三村さんの殺害を企てた。土砂崩れで村が孤立したのを好機に、三禍村の禍になぞって亡き者にしようとした。禍の文言で恐怖をあおって殺害しようとしたけれど誤って野々宮さんを殺害してしまった。違いますか?」
僕の声がフロントに空しく響き、待つこと数十秒。
むくり、と吉村さんが顔を上げる。血の気がない、青白い表情だった。
「三村、ねえ。あんた、その名前で何回もこの村に来ていたよな?」
「……と、突然なんの話だ。殺人犯の話など聞くに堪えんわ」
吉村さんは一歩、三村さんの方へ足を向ける。三尾さんが吉村さんに駆け寄ろうとしたとき、
「全員っ! 動くなっ!」
吉村さんは突然、胸ポケットから細長いものを取り出した。刃渡り十センチほどのナイフだった。フロントの明かりを鈍く反射している。
僕らはギョッと目を見開き、その場で固まる。やがて関口さんは矢野さんの肩を抱く三尾さんに近寄り、僕と野口さんも彼らの方へ数歩近づく。
「わかってるんだぜぇ。お前の名前が偽名だってことくらい」
「たっ、戯言じゃ。それ以上近づくな!」
ジリジリ三村さんに迫る凶器。しかし僕らは動けない。
「村で何コソコソしてやがる。文化財に指定された由緒正しい家屋もあるんだぜ? てめえの品のねえ足跡残すんじゃねえよ」
「言い掛かりだ! おい! はやくこの殺人犯をなんとか――」
「動くなって言ってんだろっ!」
半歩踏み出した三尾さんをナイフで牽制する吉村さん。鬼気迫る表情には余裕は一切なく、見開かれた眼球は赤く充血していた。
「そんなぁ。吉兄ぃ。どうして。いつもの優しさはどこ行っちゃったのよぉ」
矢野さんがぺたんと女の子座りで蹲った。三尾さんは彼女の介抱を関口さんと野口さんに頼む。僕は三尾さんと肩を並べ、震える手でナイフを持つ吉村さんを見つめる。
「優しい? まどかちゃん、誤解だって。俺はいつでも優しいぜ。今だって――」
と、吉村さんはナイフを三村さんに向けた。
「一緒に可愛がったハナマルを殺したクソ野郎に、復讐しようとしてるんだからな!」
ハナマル――聞き慣れない名前だが、すぐに三尾さんが「マジかよ」と反応した。背後の矢野さんから「うそ……」と魂が抜けたような声がする。
「山に住む蛇か猪に襲われて死んだと思っていたんだろ? ちげえ。こいつだよ。こいつがハナマルを蹴っ飛ばして殺したんだ!」
「はっ! なにかと思えばそんなことで。いいか、あれはわたしが悪いのではない。ひとの磨きたての靴目掛けて小便引っかけたあの犬ころのせいだ。躾がなっておらん動物は嫌いなんだ」
「黙れぇ!」
なおも目を一層血走らせ、三村さんにナイフを向ける吉村さん。村に来て初めて会った時、両手で子犬を抱いていたのを思い出す。そのときの満面の笑みと現在の吉村さんとのギャップに言いようのない虚しさを感じた。
「お前が禍で死ぬべきだったんだぁぁぁあ!」
吉村さんが一気に三村さんとの距離を詰めた。
「あぶない!」
咄嗟に体が動いた。野口さんの「三雲くん! だめっ!」という制止の声を振り切って。
僕は二人の間に体を滑り込ませ、吉村さんと対峙する。彼は止まる素振りをみせない。充血した目は僕の向こう側にいる三村さんを捉えて離さない。
「うぐっ!」
体に衝撃が走った。
「三雲くんっ! いやぁぁぁあ!」
野口さんの絶叫がどこか遠くの方から聞こえた気がした。
「そこまでだ! 吉村君」
「離せっ! はなしてくれよ! こいつが! こいつが――」
僕は仰向けに倒れていた。三尾さんが吉村さんを取り押さえるのが見える。
そういえば彼が持っていた凶器のナイフはどこに――。
「三雲くん!? だいじょうぶ? いや、そんな……」
「だ、だいじょうぶだよ野口さん」
野口さんは慌てた様子で僕を膝枕して、瞳に涙をにじませる。下から見上げる野口さんもすごく魅力的だ――。
あれ――と、視界の端で柄のようなものがみえた。
「これは、まいったな」
ナイフだった。僕のジャケットに突き立っている。
不思議だった。全然痛みを感じない。女神のような美しさの野口さんに介抱されているからかな。体があつい。息を吸い込むと彼女の香しいかおりが鼻腔を撫でた。
こんなふうに死ぬのも悪くないかもな――と思ったとき。
「あれ」
それにしては痛みが全くない。血も滲んでいない。野口さんも不審に思ったのか、目を丸くしている。
胸に何か当たっている。硬くて分厚いなにか――。
その正体に思い当たり、僕はホッと一息ついた。
「命拾いしたよ」
「え?」
僕はナイフを抜き、胸に忍ばせていた『初めてのデートもこの一冊で安心☆ 恋愛に発展するデートの鉄則』と題された恋愛成就本を取り出す。表紙にナイフが刺さった跡が生々しく残っていた。
「とんだデートだったね」
「も、もう! 刺されて言うことじゃないし!」
頬を膨らませた野口さんはプイッと首を振った。
その拍子に涙の雫が僕の頬に飛んで、僕はうっとりしながら目を閉じた。
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