二〇二一年・有限の、でもものすごくたくさんあって全部が特別な夜のうちの一つ

「ほらー、ゆいと何やってんの、おいでよ」

 先に浸かって両手を広げて招く。

「こんなことになるなんてなぁ……」

 観念した大月が、それはそれはつるりと美しい足で浴槽の縁を跨いで、皐醒の胸に胸を重ねた。

 皐醒は自分の人生で、自分より可愛い男をこうやって抱き締める時間が来るなどと想像したことは一度もなかった。初めてのコスプレで一度整えた大月の髪はまた少し伸びて、結果として余計に中性的な見た目になっている。中寉はカラオケでアイディアを披露してくれたとき、「先日大月くんを病院へお連れするとき、ものすごく可愛くなっていて驚きました」と言っていた。

「可愛いなぁ、可愛い、ゆいとは可愛い、大好き」

 俺もうすぐ二十八なんだけどなあ……、大月が納得しがたいと呟く。

「たぶんねえ、俺はゆいとが三十になっても四十になっても可愛いと思ってるはずだよ」

「……それはぁ……」

 蚊の鳴くような声で、皐醒だって同じだよ、と言ったのが聴こえた。こういうところ、本当にずるいぐらいに可愛い人だと思う。

「キスして」

 普段はお互い、許可もなく、栄養補給、もしくは呼吸の一貫として相手の唇を啄み合う。この先にある行為に繋げるつもりはなくとも、せずにはいられないからする。発展性のあるキスであると互いに認識するのは、唇を開け、舌の上で互いの唾液と吐息を混ぜ合わせるときだ。

 今日、自分がどちらであるか、自覚しているからだろう。大月は皐醒の絡めた舌に肌へ震えを走らせる。敏感なのはお互い様で、皐醒だって同じほどに震えることを止められないのだけれど、イニシアティヴを握っているという感覚が皐醒を積極的にさせた。大月の耳を指先で擽り、自分よりも綺麗なんじゃないかと思うほどの胸の突端に触れる。

「……ゆいと、いまお尻きゅうってなったでしょ」

 大月が特別に恥ずかしがりであるとも思わない。皐醒が恥知らずなのだと解釈するのが妥当であろう。強情に首を振る恋人をいとおしく思いながら、

「へー、そう……。でも、もう大きくなってるよね」

 当然のように同じ反応を示している場所を、不器用ながら腰を動かして擦り付ける。

「皐醒だって……、勃ってんじゃん……」

「そりゃー勃つよ。当たり前じゃん、こんな可愛い男の子とえっちするんだもん、勃つに決まってるよね……」

 これは希望的観測ではない、もはや事実であると言っていいと皐醒は思っていることであるが、……俺たちは、ぴったりだ。語ろうと思えば胃痛を催さずにはいられない、時間もたっぷり三時間ぐらいは掛かるし一度はトイレ休憩を挟んだ方がいいぐらいの紆余曲折を経た末に、ぴったりの俺たちは出会って、こんな風にぴったりしている。こんな奇跡が転がっているのだから、やっぱりこの世界は悲観するほど地獄じゃない。

 中寉と上之原に嫉妬した皐醒はもうこの世界のどこにもいなかった。

「ゆいと、立って。お尻見せて」

 大月はふるふると首を振って、「あれ恥ずかしいからやだ」と抗う。

「んー? 彼女さんにはいっぱい舐めさせてあげたんじゃなかったっけ? ……俺それ聴いたときさぁ、へーゆいとは処女じゃなかったんだぁって思ったよ」

「違っ……、指は入れられてないし、あ、あと、女だから生えてないし!」

「じゃー、ゆいとのお尻は俺だけのもの?」

 本当は、自分のお尻は自分だけのもので在りたいという願いがあるのかもしれない。義理堅い男であるもので、自身が皐醒のその場所で計り知れない喜びを得た(これは彼の自己申告であって、皐醒は自分の其処がそんなに上質なものだとも思っていないのだが)以上は同じだけ皐醒に返さないわけにはいかないと信じて疑わない。

「うあー、もう……、マジ恥ずい……、あんま、ねえ、あんましないでよ、マジでおかしくなりそうになるから、マジで、マジでね、っはぁ!」

 いいこと聴いた。おかしくなってもらおう。

 舌先を当てる前からして既に恥ずかしそうに戦慄いていた孔は、皐醒が一舐めしただけでぎゅっとすぼまる。こんなに可愛い動き、俺、この人に見せてあげられてるかな。逃げそうになる腰を、とうの昔に硬く熱く強張っている砲身を、足の間から入れた手で握ることで拘束する。

「ひぁ、まっ、待って、こぉせ、ひ、ひたっ、ひた入れんのなしぃ……ぁあ……!」

 だって、入るんだもん。ゆいとの孔がそうして欲しいって言ってるのがいけないんだよ。泣き声に言葉で応じる代わりに、……嬉しいんでしょ? 気持ちよくって、幸せなんでしょ? 早くおかしくなって見せて、舌を差し入れながらごく緩く、自分のものとほとんど変わらぬ握り心地のものをスライドさせる。

 男をこうして責めることに慣れていない皐醒がこうする相手が、別の誰かであったなら。皐醒はかなり低レベルな責め方しか出来ていないはずで、きっとすぐに飽きられて捨てられてしまうだろう。

「もぉ……っ、もぉ、おねが、皐醒、おねがいっ、意地悪、すんの、なしっ……もぉやだぁあ……」

 ほんのこれだけで音を上げてしまう大月であればこそ、皐醒が「ぴったり」なのだ。

「……んぅ。……やめちゃっていいの? ゆいと、気持ちいいの要らないの?」

「だからっ……、欲しい、からぁ……!」

 食い気味の返答がいとおしい。よいしょ、と立ち上がって、鼻を啜る恋人の耳に「言って、聴かせて、ゆいと、俺ねぇ、ゆいとの声が大好きなんだ。当社比で世界一カッコいいボーカリストが、俺にだけ聴かせる声でさ、誰にも聴かせらんない恥ずかしい声で、言って……」言葉を滑り込ませる。もはや大月はそんな悪趣味な言葉でさえぞくぞくと震えて喘いだ。

 人の心は、人によって歪んでしまうものだと思っていたけれど、……これは成長だ。大月と皐醒は凹凸の形を変えながら、常々陰陽の境を蕩かせて、しかし誰かの目には真円として在る。

「ねえ、ほんとにいいの? いじわるやめちゃっていい? ゆいとが言ってくれないなら、俺もいじわるするのやめちゃおうかなぁ」

 男の子、というか自分よりもしっかり目に歳上の成人男性でありながら、大月は喘いでいる。皐醒の左手の指を自身の胎内に挿入されながら、右手で乳首を抓られて、家の外では到底出してはいけない声が止まらなくなっている。いや、家の中に閉じ込めているつもりであっても、「一〇一号室の大月さんとこの玄関先、いっつもピンク色のハートマークが山ほど転がってるのよねぇ」なんて思われてしまうかもしれない。

 ただ、一箇所だけ責めていないところがある。大月の袋だけは、許可なく責めることはしないという約束だ。そこの中身が痛んだ経験があって、大月はまだ「ちょっと怖い」と言うので。

「んっぃ、い、い、じわ、りゅ、……っ、いじわる、もっと、もっとぉ……」

 勢いのまま言ったので、指を抜く。

「うん。具体的にはどんなのがいい?」

 一瞬冷静さが蘇ったところに訊くのが一番の意地悪だろう。冷静であるということは、……もう大月は自分の身体が皐醒の熱を享けることなしに満ち足りるはずがないという判断も可能になるということだ。壁に両手とおでこを押しつけて、しばしその背中を波打たせていた大月は、なおも数秒で裡なる戦いをした。

「……こぉ、せぇ、の、……こぉせい、欲し……い……」

 たぶん、理性が勝ったのだ。だってそれは、とても正しい判断だったから。頑張って低く押し殺した男らしい声でそう紡いで聴かせてくれたとき、皐醒は自分が男に生まれてきてよかったと心から思うのだ。もう会うことはない気がする両親に感謝するとともに、こんな俺を男でいさせてくれてありがとうと、どうやら伸びると途端にちょっとワイルドな波を帯びてしまうらしい大月の後ろ髪に噛み付くようなキスをする。

「大好き、……もー、ゆいと大好きっ」

「まっ……、皐醒ゴムしてっ……」

「したよ、してるよ、当たり前でしょ……、あは、すっげえキツい……!」

 皐醒が自分の腰と大月の引き締まった尻とがぴったり重なるところまで一気に潜り込んだからだろう、大月が声にならない叫びを上げた。

「ゆいと、俺がねぇ、ゆいとで幸せになるの、ゆいとのが俺の中に入ってるときのぉ……、同じ感覚っ、一つになってる、幸せ、ゆいとにも、感じて欲しい……」

 皐醒の言葉もすっかり理性から切り離されたものとなった。……大月さんちの換気扇の排気口のところ、ハートマークがたくさん引っ掛かってるのよねぇ、なんて思われたって仕方がない。

 二人分なのだから、もうしょうがない。

 恋人の中に自分がいる。恋人に受け容れられて、ここにいる。皐醒は他のどんなときよりも強く強く、自分が生きていることを感じるし、生きていてよかったと心から思う。

 呪いを帯びたものでしかないと思っていた。けれどそれすら全て濯がれて、どこまでも清らかな身体であると知った。愛が詰まった身体であると自覚した瞬間から、この愛を分け与えずに生きていないわけにはいかないと思ってしまう。

「っあ……あっ! こぉ、せっ、こぉせぇ……、っお、おっ、お、ぉ、か、ひくなりゅ、おかひくにゃっはぁ、ひ、ひぁっ、あ!」

 大月結人というボーカリストの評価というものを、皐醒はサーチしたことがある。

 ファンが多い、びっくりするほど多い人なので、探して見付けることは容易だった。

 誰もがみんな、声を褒めている。格好いい、セクシー、クール、形容の種類は多岐に渡るが、どうやら皐醒が一聴して「いい」と思った感覚はとても正しいものだったのだ。皐醒は「唄も上手い」という感想がないことが不思議で仕方がないのだが、とにかく声の良さは誰もが手放しで褒めている。

「いくよぉ……、ゆいと、いく……っ、ゆいとのぉ、お尻でイク……っ」

 まろやかな輪郭でありながら、触れると縁で指が切れるぐらいの鋭利さを併せ持つ声だ。この人の声で紡がれる言葉はきっと、どんなものであれ本物だと思い込んでしまうのではあるまいか。だいぶ正直者で、嘘は不得意なようである、根っからの善人であるからして……。

「ひン、っンン、……っぅうう……う、ぁ……あぁ……」

 大月結人の一番いい声を独り占めする恍惚は括約筋の押圧と同じ強さで皐醒を包み、搾る。本当にゆいとのお尻が俺だけのもので良かったなあ……、しみじみ思いながらゆっくりと抜き取るときは紳士的に彼を抱き支えながら。自分がゴム膜の中に放ったものも、浴室の壁にべったりと付着した恋人のものも、呆れるほどの愛の量。これでまだ全部ではない、きっと、半分にだって至っていない。

「ゆいとぉ……、好き、ほんっとに、可愛い……、大好きぃ……」

 またハートマークをたくさん排気孔に詰まらせる。隣に住む熟年夫婦の浴室にまで漏れて迷惑になっていなければいいが。

「ぐぅ……、皐醒は、めちゃめちゃ変態だ……」

「ゆいとは、変態は嫌い? 俺が変態だと嫌いになっちゃう?」

 冗談半分、ということは半分は本気、いや半分以上は本当に、大月に嫌われて捨てられてしまうことを恐れている。幸いにして、

「嫌いには、……別に、なんない、けどさぁ……」

 心優しくて、意地悪な振りをすることだってあまり上手には出来ない恋人である。甘ったるくて生温い、溶けたバニラアイスに蜂蜜を混ぜたものに浸かっているぐらいの二人だ。大月にせいぜい出来るのは、「……なあ、出し過ぎじゃない?」と、皐醒の旺盛な性欲を詰ることぐらいだとたかを括って、

「ゆいとだってー、めちゃめちゃお尻ぎゅんぎゅんさせてイッてたじゃん、ねえ、一回で足りた? ゆいと、本当はもっともっとお尻欲しいんじゃないのー?」

 余裕綽々に、うん、我ながらいっぱい出たなあと見た目にも満足感を味わえるゴムを外して、くるりんと片結びにしようとしたところだった。

 ひょい、と大月の指がそれを奪う。

「まだ足りてないの、皐醒の方だろ」

 皐醒にとって世界一可愛い男は、同時に皐醒にとって最も強い男でもあった。左手で皐醒の顎から頬を捉えて、くいと上を向かせる。

「こんな濃いの、俺なんかのケツで出してさぁ……。いい趣味してるよな、マジで」

 それで意地悪のつもりなのだから、可愛い。

 だけど、悪い言葉を吐く時の声は、途方もなく、尾骶骨を刺激する。ひっくり返されたゴムの中から口へと垂らされた皐醒自身の重たい欲から舌を逃そうとしても、大月の唇に塞がれる。舌と舌で言葉を排したやり取りがあって、散々に味わわされた上で、結局呑み込まされた。

 ひっでえ味!

「美味しいよな、皐醒の精液、よだれも……。なんだ、自分の呑んで感じちゃったの?」

 嬉しそうな楽しそうな顔は、「おっさん」なんて自称してはいけない。だってやむを得ずコンビニで煙草を買う時に、いつもではないにせよ身分証明を求められることを疎んでいる。自分よりも、ひょっとしたら中寉了よりも可愛い恋人が、足元に跪いて、指摘された通りの表情を浮かべる欲の音に、特別なキスをした。

「すっげー、エロい味……」

 皐醒は初めて大月が自分のものを口で愛してくれた時のことが忘れられない。大月くんはただ気持ちよくなってくれればいいんだからねと言ったのに、「……していい?」とベッドの上で腹這いになって、まだ当時は前髪がとても長くてほとんど見えなかった視線を向けて言ったのだ。

 臭いよ、汚いよ、絶対美味しくないよ。

 皐醒はそう言って首を振ったのに、「だったら、……俺のだってそうなっちゃうじゃん」とちょっと不満げに言って、抗う皐醒のそれを口腔に収めてしまった。

 彼は、「美味しいじゃん」と言ったのだ。それはもう呆気なく、つまり初めてそういうことをする大月の顎や舌を疲れさせることもないまま果てて呆然とする皐醒に、優しく微笑んで。

「美味しいよなぁ……、皐醒は、どこもかしこもめちゃめちゃ美味しい……」

 大月結人という歳上の男が、カッコいいことはずっと知っていたけれど、……のみならずこの人はものすごく可愛いんじゃないのかひょっとして、と思ってしまったのは、その時が最初だったのではないか。

「もっと飲ませて、皐醒」

 頑張って意地悪な恋人でいようと努めているに違いないのに、

「大好きだよ、愛してる」

 甘い囁きを付け加えずにはいられない舌が、絡み付く。

「んゆっ……いとぉ……」

 もう、すっかり上手だ。皐醒が弱いことは勘案しなければなるまいが、それでも。大月は皐醒が感じている時の声が、表情が、思いが迸って口走ってしまう淫らな言葉までもが、愛しくて愛しくて仕方がないと言う。だから、「俺たぶん、これすんの好きなんだと思う」なんて言うのだ。

 大月の指は皐醒の股間を潜って孔に押し当てられた。全ての抵抗をかなぐり捨てて受け容れてしまう皐醒の胎内に深々と指を挿して、往復させる動きは、疼いていたお腹の奥を的確に刺激する。心臓にさえその指は届いているに違いないと思った。皐醒の心には、大月の形の孔が開いている。大月と繋がったときにだけ塞がって充足する、つまり他の時間はいつだって余白。

 もう大月なしでは居られない、生きて行けない。

「い、っく、イク……っ、ゆいとぉ、おっ、お、イクっ、おれぇ、イクっ……」

 大月の中で果てて溢したものなんて、本当に全体から見ればごく僅かな割合でしかなかったのではあるまいか。皐醒の脈打ちを口に受け止めた大月もきっと、同じことを思ったはずだ。

 であるがゆえに、この優しい恋人は、皐醒の中に詰まった愛から抽出された液体を、皐醒が破裂しないようにもっと吸い出すことを願うのだろう。

「ひぁああっ、も、っ、もぉ、イッた、イッたから、だめだめだめそんなのっ、ひたらっ……おひっこ出ひゃうっ」

 それを目的に大月がしているのだということも判っていたのに、わざわざそう宣して皐醒は細まった尿道を膨らませて迸らせた。半ばまでは大月の口の中で、その先は、彼の顔目掛けて。

「可愛いなあ……、マジで……、皐醒は可愛い……、超好き」

 感じやすいからこそ、皐醒以外の男としたことがない大月にとっては都合のいい身体なのだろう。しかるに、感じ易すぎるのも考えものだ。皐醒がこうして失禁するのは、実のところこれが初めてではない。

 今日、恥を忍んで中寉に「こういうことある……?」と訊いてみたのだ。彼は、「普通のことでは」と応えた。プラスティックな恋人がそんな意地悪をするのかと驚いたものだし、基本的にクールでお行儀のいい中寉がそんなはしたない姿を晒すことがあるのかと、想像してちょっとばかり興奮を覚えた。

 しかし中寉はこう付け足した。「僕がおもらしをするのは別にいいのです。僕としては、出来ればマスターのを飲んでみたいなと思っているのですが、あの人はどうしてもしてくださらないのです。たぶん、あの人は僕にそれだけのことをする価値がないとお考えなのでしょうね。ふん」……それはきっと、マスターが中寉の清らかな顔や口にそうする罪深さに耐えられる自信がないからではあるまいか。

 その点、俺はゆいとの飲んだこともあるし。どっちがより愛されているという話ではなかろうけれど、皐醒が中寉に対して優越感を抱くことなどそうそうあることではない。

「皐醒、お尻は指だけで満足?」

 心臓に届く指なのだから、膀胱はとっくに貫かれている。我慢が効かなくなって、何の不思議もなかった。困ったことに、指が抜かれるとたちまち足りない感覚に陥ってしまう。そこにあるべきものがない、それだけで、寂しくて仕方がなくなってしまう。

 それは、泣きそうになってしまうほどに。

「満足、じゃ、ない……、もっと……、もっとぉ……、ゆいとのくんなきゃやだ、ゆいと欲しい、ゆいとのぉ……」

 べったりと抱き着いて、自分のものを飲んだ唇を舐めて強請る。大月に乳首を弄られて身体に走る快感は、かえって足りないという感覚を煽った。

「……ベッドまで我慢出来る? それとも、身体拭いてるだけでまたイッちゃったりして」

「す、るっ、ガマンする、もぉおもらししないからぁ……」

 大月の肌がぞくりと震えたのが判る。

「じゃあ……、皐醒のが空っぽになるまで犯していい……? また、いつかみたいにさ、……ベッドにおねしょしたみたいな水溜り作ってもいいから……」

 元々ゆいとは、俺が「大月くん」って呼んでる頃には、ここまで変態じゃなかったんですよ。でも、俺が嬉しいから、俺が幸せだから、こんなにこんなに変態になっちゃったんです。

 誰に対しての言い訳か。この感じだと上之原に対しての。とても迷惑そうな顔で「訊いてないが」と言われそうである。でも「聴いてください」と言うのだ。

 人は人を幸せにすることが出来るんです、マスターも了くんもゆいともみんなみんな、そんなことが可能な素敵な生き物なんです!

 思うに、生江と靴和もそうだ。交わることで想像もしていなかった幸せを作り出してしまえたのだ。

 そして。

 蒔田皐醒も例外ではない。

「ゆいと」

 まだ髪を洗っていない、身体も大雑把に乾かしただけ、でもベッドの上で両手を広げて待ち構える、別にたいして綺麗でもない身体、恋人にとってのみ、特別で居られる身体を見下ろして、

「ああ、……もう、もう、皐醒めちゃめちゃエロいな、可愛いなぁ……」

 感動してくれる人がいる。

 二人は毎回詩的になる。ただの人間の組み合わせが、愛を形作ることが出来るというたったそれだけで、物語になる。

「っ……ん……ふ、ふふ、きっ……もちぃ……、ゆいと、ゆいと、ねぇ、きもちぃ、ねえ……」

「ん……、きもちぃ……。皐醒、……ねぇ、次、また、俺、してくれる? 俺に挿れてくれる……?」

 キスがまず、愛のやり取り。キスの合間に交わされる言葉ももちろん。繋がって混じり合って一つになって融け合って、自分と自分でないものとの境目も曖昧になって、同じだけ幸せでありますように、自分だけが幸せなんて寂しいことはありませんように。

 そしてどうか、健やかに在り続けられますように、その願いが叶わないことを知っていればこそ、誰かの痛みを思い、同じほどの痛みを身に宿して人は生きるのだと皐醒は思う。負った傷を癒やしてくれた人と共に、生きるのだ……。

 冬の夜に汗ばんだ肌を重ねて、床が見えなくなるぐらいに愛のかけらを撒き散らす。

 皐醒と大月は輪郭を失った一つの塊として、長い長い夜をこどものように笑い転げる、無限の夜のうち、或る一つである今夜を、二人は例えばそんな風にして過ごした。

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