エピローグ

春の暖かく優しい陽射しが降り注ぐなか、若葉は圭太と一緒に多摩川の河川敷をゆっくりと散歩していた。

河川敷のグランドでは野球の試合をしている。

小学生の子供達だ。リトルの試合だろう。

「ちょっと見に行こうよ」

と若葉は圭太に言った。

「足元、気をつけろよ」

わかってる、と言うと若葉は小走りした。

「バカ、走るなって」

圭太が慌てて追いかける。


試合は一方的だった。

五回の表途中で十点差。守備側が大敗している。

あれを見て、と若葉はショートを指さした。

背の低い子供がショートを守っている。

「ショートは女の子よ」

「へえ、今は女子も混ざっているのか」

そのショートの左に打球が飛んだ。

ショートの女の子は素早い動きで打球に追いつき、キャッチすると、そのままセカンドにトス。

6、4、3のダブルプレー。

「やるねえ」と圭太が声を出した。


五回裏、攻撃が始まった。

その前にチームはエンジンを組んだ。監督が大声で、げきを飛ばす。

「コールドにだけはするな」

この回、点が入らないとゲーム終了らしい。


最初のバッターは九番。あのショートの女の子だった。

ヘルメットを被った後、打席に入る前、二、三度素振りをした。

その素振りを見て、圭太が呟いた。

「あれじゃあ、打てそうもないな」

そんなことないわ、と若葉は言い、また走り出した。

「おい、どこに行くんだ」

「ちょっとアドバイス」と若葉は振り返りながら微笑んだ。


若葉はバックネット裏に張り付いた。

ピッチャーが投げる。

ボールが速い。

女の子はバットを振った。

しかし空振り。まったく当たりそうもなかった。

若葉は大声を出した。

「ボールをよく見て」

女の子が振り返って若葉を見る。そして軽く頷いた。

二球目をピッチャーが投げた。

その球も女の子は果敢に振りにいく。

また空振り。・・・いや掠った。

オーケー、オーケーと若葉は手を叩いた。

ピッチャーが三球目の投球モーションに入る。

また速球だろう。相手は力でねじ伏せようとしているのだ。

若葉は再度言った。ボールをよく見て、打てるわ、と。

そして声を振り絞った。

「ようはタイミングよ」

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1999年のコールドゲーム 月ヶ瀬ユウ @sotah

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