第37話

「ちょっと待ってくださいよ」

司会者は慌てた様子で掌を若葉に向けた。

「だって、三浦さんのお父さんはその時、もう亡くなっているじゃないですか?」

若葉は答えた。

「そうです。一年前に。だから三浦辰雄さんではありません。なりすましたのです。手紙を赤松さんに出し、メールの返信もその人物が行った」

まさかと司会者は驚きの声を発した。

若葉はまっすぐ大吾の顔を見て言った。


「何故、そんな事をしたんですか。三浦大吾さん」


大吾は顔を真っ赤にし、殺意の籠った目で若葉を凝視する。

口は固く閉じ、何も喋らない。

司会者は仰天したのか、言葉を失っていた。

若葉一人が淡々と話を続けた。

「いえ、わかっています。あなたは木崎先生に精神的ダメージを与え、苦しめたかった。あなたにとってわずらわしい存在だったのです。木崎先生が」

「ちょっと若葉先生・・・」司会者は困惑したように若葉の話を遮ろうとしたが、若葉は無視した。

そして大吾の母親から耳にした話を述べた。

「家庭訪問に来た木崎先生に、弟の死や父親の死、そして私立中学での暴行の話をしたとあなたのお母様は話されました。ひょっとしたら、お母様も息子の異常性について木崎先生に相談したのかもしれません」

大吾はなんらかの方法でその家庭訪問の会話を聞いた。おそらく盗聴していたのだ。

それを知った大吾が手を打った。


「バカらしい」

と大吾は声を荒げた。

「いいですか。そもそも僕は中学を出たら渡米するつもりだったんですよ。木崎先生が何か知ったからといって、もう関係ない話じゃないですか。今後、関わりあう事もない人になんでそんなことするんですか」

最もな道理だった。

彼は頭もいい。合理的に考えれば、そんな事をせず、さっさとアメリカにでもどこにでも行けばいいのだ。

しかし、合理性という言葉を考えた時、彼のような社会病的傾向を持つ人間の合理性は一般の人が持つそれとはまったく違う。

マイケル・ロスというアメリカのサイコパスはIQが百五十もある。ロスはわずか三年の間に計八人の女性を強姦して殺害した。殺人をし続ければ必ず捕まる。だから殺人は合理的ではない。しかし、それがわかっていたとしてもやめられない。

三浦大吾も同じだ。

彼はゲーム性を帯びた犯罪をやめられないのだ。ただ相手にダメージを与えるのではなく、複雑なゲームをしかけ、そのゲームを支配して相手を傷つける。

その事に快感を得るタイプの犯罪者だ。刺激を求め、常に退屈している。病的な虚言癖があり、後悔や自責の念を持たない。自分を神だと考え、すべてが思い通りになると信じ切っている。


若葉は大きく息を吸った。

そして言った。

「それは、あなたがサイコパスだからです」

三浦大吾が鬼の形相になった。

サイコパスは自分にしか興味がないナルシストだ。

今、彼のパンパンに膨らんだ自尊心というものが破裂しかかっている。それを避けるために、どうやって若葉を抹殺しようか、今、彼は頭をフル回転させているかもしれない。

だが、彼女は怯まなかった。

目の前の人物を指さして言い放った。


「三浦大吾は人殺しです。弟を殺し、父親を殺しました。そして私のボーイフレンドもです」

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