第33話

助手の春香からのメッセージが入って、ネットTVから打合せの予定が午後から入ったと連絡があった。

若葉はタクシーを拾い、五反田にあるネット番組配信会社のスタジオに向かった。

マーキュリーTVだ。

マーキュリーTVは映画や海外ドラマ、アニメをオンデマンドで配信する会社だった。

収益の柱はそれらオンデマンドのサブスクだが、競合する他社サービスが増えて会員数が伸び悩んでいる。

そこでオリジナル番組を多く制作して、差別化を図ろうとしていた。

まだ売れていない芸人や地下アイドル、売り出し中の若手歌手、有名なユーチューバーを出演させて、オリジナル番組を放映している。ただ、視聴者数は低迷していた。

問題はコンテンツだった。

要は面白いか、ためになるか。そのどちらかがないと仮に無料でも誰も見ないのがネットの世界だ。


ある日、そのマーキュリーから若葉に出演依頼があった。

ティーンエージャー向けに「お悩み相談室」を作りたいから、出てほしいと。

若葉は気乗りしなかったが、大学側に聞いてみるとだけ返事をした。大学側がダメと言えば、それで話は流れることになる。それを期待していた。

ところが、大学側に話をすると意外にも乗り気で、逆に番組出演を後押しするものだった。

大学も少子化による学生不足の懸念があった。

女子大としては知名度があってもジェンダーフリーが叫ばれる昨今、女子大そのものが既に時代遅れの様相を呈していたのだ。

青蘭の宣伝にもなるから、と言われ、視聴者も多くないネット番組という気楽さもあって、若葉も「やってみるか」という気になった。


出演する番組は若者向けエンタメ番組の、ワンコーナーだった。若葉が担当するお悩み相談室があり、そこで中高生の悩みに答えるという形式。

タイトルは「ワカバ先生の一発回答相談室」


お悩み相談の回答には二種類ある。

一つは共感的カウンセリング方式。相手の話を徹底的に聞き、受け入れ、共感し、そして解決策を提示する。ソフトなやり方で、こちらが一般的だった。

もう一つは、相談者に対して徹底的にダメ出しして、ネガティブ面を曝け出した後、解決案を提示する方法。

こちらはテレビ的な演出法だ。実際、テレビ番組で昔、辛口芸能人や占い師を出演させて、このやり方を多用していたことがあった。

視聴者がいるという前提なら後者の方が断然面白い。

しかし、若葉はどちらのやり方も取らなかった。

そもそも若葉にはカウンセリング能力などない。

自分がどうして、この手の番組に誘われたのかいまいち理解が出来なかった。

だから、自分のやり方でしか出来ないと番組ディレクターに断りを入れた。

それでいいですよ、とディレクターは言った。まあ、特に期待はしていない感じだった。


若葉のやり方は、タイトル通りの一発回答だ。

ちょっとぶっきらぼうな口調で、本質論をストレートに言うというのが特徴だった。

中高生の悩みは大別すれば三つ。

友達関係、恋、勉強だった。

例えば、こんな感じの悩みが来る。


『僕はチビだからとバカにされ、友達が出来ません。どうしたら友達が出来ますか?』


若葉の回答はこうだ。

「背が低いから友達が出来ないのではありません。行動しないから友達が出来ないのです。

友達を作ろうと努力しないから出来ない。それを背が低いからという言い訳に使っているだけです。君に必要なのは勇気です」


またこのような漠然とした質問も来る。

『一生懸命、勉強しているのに成績が上がりません。どうすればいいですか』


この時の若葉の答えもシンプルだ。

「二つの事をしなさい。一つは本を読む事。もう一つは予習をする事です。

成績が上がらないのは、日本語読解能力が欠けているからです。すべての教科は日本語を使って教えられます。日本語力がなければ、いくら時間を費やしても成績は上がりません。当たり前ですよね。読書の時間を毎日一時間作ってください。

予習は、自分の問題点を洗い出す事に有効です。わからない事を知るというプロセスに学ぶ喜びがあるのです。また予習する事で思考力が上がります。思考力なくして本当の学力はつきません。

丸暗記なんて苦痛でしかないでしょ?

人間は苦痛な事を続けることなんて不可能なのです」

予習の大切さは昔、親友の珠緒から聞いたことを喋った。


恋愛相談もよく来る。

『同時に二人の男の子から告白されました。どちらも同じくらい好きです。どうすればいいですか?』


若葉の一発回答はこうだ。

「必ずどちらかを選びなさい」


『でも、もう一人の方が良かったと後悔するかもしれないし、選ばなかった人を傷つけることになるのではないでしょうか』


「心理学に『ピュータンのロバ』という言葉があります。ロバは喉の渇きと空腹で死にかけています。目の前に分かれ道があります。左に行くと水があり、喉の渇きを癒せます。右に行くと食べ物があり、空腹を凌げます。距離はどちらも同じ。ロバは疲れ果てていて、どちらかしか行けません。ロバはどうしたと思いますか?」


『・・・わかりません』


「どちらも選択出来ずに餓死しました。あなたもロバと同じです。どちらも選択しないというのは最悪の選択なのです」


このようなお悩み相談を中高生とスカイプを通じてやるのが、「ワカバ先生の一発回答相談室」という番組コーナーだった。

若葉がビシッとしたスーツを着て、フチなしメガネをかけインテリジェンスを演出した姿で毎週答える。むろん青蘭の心理学部准教授の肩書もバッチリ添えて。


やや突き放した、クールな感じが視聴者に受けたのか、すぐに人気コーナーになった。


番組ディレクターが次の収録予定の内容を若葉に伝える。

「中学二年生の男子が、隣のクラスの女の子を好きになった。その子と親しくなるにはどうしたらいいか、です」

「その女の子は彼の事を知っているのかしら、それとも知らないのかしら」

「えっと、そこまでは聞いてなかったなあ。調べておきます」

お願いね、と若葉は言った。

彼の事を知っている場合は、「類似性の法則」や「つり橋効果」が使える。彼の事を知らない場合は、「初頭効果」や「単純接触効果」などの心理学テクニックがいい。

その他、ミラーリングや、ランチョンテクニック、誘うならフット・イン・ザ・ドア、返報性の原理も有効だ。

でも、一番は会話の仕方。

実は会話の内容はさほど重要ではない。表情豊かに笑顔で話しかける事。声のトーンは低めがベスト。中学生にはちょっと無理かな。でも意外性を演出すると女性は相手に興味を持ちやすいのよ。

そんな事を話すとディレクターは感心した様子で若葉を見た。

「若葉先生は恋愛で失敗した事ないですね」

若葉は声に出して笑った。

「恋するとそんな事全部吹っ飛ぶのよ。それに私、恋愛経験少ないから」

それはそうと、ディレクターは話を変えた。

「実は、若葉先生のコーナーがかなり手ごたえありなんです。それでこのコーナーを一度全面に押し出して番組を作りたいと思いまして・・・」

ディレクターがプリントアウトされた紙を取り出した。ズラリと人物の名前が書かれている。

「生配信で四十五分の番組です。『一発回答』の特番ですが」

「それは?」と若葉が紙を指さした。

「ちょっと見てもらえますか?」

ゲストを呼んで、その人の心理分析をしてもらいたいという事だった。

ゲストはある程度の著名人がいいとのこと。その候補者達の名前が書かれている。

「具体的には何をするのかしら?」

「それは先生にお任せします。相手の意外な素顔がわかればいいですね。思いっきり仮面を剥がしてくれれば盛り上がると思います」

脇役俳優、最近見なくなった元子役、声優、スポーツタレント選手、不祥事で地上波に出れなくなった芸人などだった。

声をかければネット番組でも呼べそうとディレクターは踏んだのだろう。

そのリストを見て、若葉は言った。

「私が選んでいいかしら」

ディレクターは「はい、もちろんです」と答えた。


そこに三浦大吾の名前があった。

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