第29話
高校卒業後、小笠原真央は大阪の企業に就職した。
若葉は第一志望の東京の大学に合格した。
女子大ではナンバーワンと言われている青蘭女子大だった。
二〇〇三年の春になっていた。
高校時代はクラブ活動をやっていなかったので、大学に入ったらどこかのサークルに入ろうと若葉は考えていた。
女子大なのでインカレサークルがいい。
サークルで何をやるかより、どういう人間と知り合いになるかの方が重要だと思ったが、スポーツサークルは外交的で、文科サークルは内向的な人間の集まりとも限らない。
結局入ってみなければわからなかった。
とりあえず「軽音楽部」のインカレサークルに入会した。
新歓コンパの席で軽い自己紹介を終えて自分の席に戻り、チューハイを飲んでいると、「鮎川さん」と声をかけられた。
同じく新入生の女の子だった。他大学に通っている。
「お久しぶりね」と彼女は挨拶した。
お久しぶり?
と若葉は首を傾げた。
誰だかわからなかった。
「中学の時の同級生。三年A組の岡田りえです」
若葉は驚いた。
「岡田りえさんって、あの時の岡田さんだったんだ。全然分からなかったわ」
自己紹介で名前と出身地、出身高校を聞いたはずだが、中学のクラスメートとは結びつかなかった。
外見が随分変わっていた。メイクも上手で、垢ぬけた大人の女性に変身していた。
「鮎川さんは変わらないわね」
「私はおこちゃまなままってことね」
そう笑うとりえは首を横に振った。
「ううん。昔から大人びてただけ」
同郷のよしみというやつだろうか。
岡田りえとは上京して最初の半年間は頻繁に会った。
若葉は三軒茶屋、りえは旗の台にアパートを借りていた。
東急電鉄で繋がっているので三十分もかからない。お互いのアパートを行き来し、お泊りも何回かした。
中学時代はあまり会話した事がなかったのに、不思議な感じだった。
当然、A組の話も出た。
あのクラスは色んな事がありすぎて、話は尽きなかった。
二人ともまだ三年と少し前の事なのにまるで大昔の事を話すように語った。むしろ、そう思えるからこそ話せたのかもしれなかった。
若葉は封印していた中学時代の話が出来て、自分の中で、あの一連の出来事がすでに消化されている事に気付かされた。
それが一つの発見だった。
あるいはりえも同じだったのかもしれない。彼女だって当事者の一人だったのだから。
「知ってる? これ噂なんだけど、新海エリカさんってAV女優になったんですって」
「それ本当の話?」
「だから噂よ」
あのエリカならありそうな話だが真偽は不明だ。若葉は、仮にそうだったとしたら、新海エリカはタフで強い女の子だったんだとむしろ感心する。
「私ね、実は麗奈のお父さんの事が好きだったの」
りえは、もう時効よねと言って、森麗奈の死に関わる衝撃的な話をしたのだった。
新海エリカが森麗奈をイジメていたのは裕福な家庭への妬みからだと岡田りえは言った。
ただ、それで終わりではなかった。
今度は、その森麗奈が山田晴美をイジメていたというのだ。
そして晴美はその仕返しに、謎解きゲームの時に森麗奈を穴に落としたとりえは話した。
それが事実なら、まさに負の連鎖だった。
山田晴美。
あの小さく痩せ細った、気弱な女の子がそんな大それた事をしたなんて。
「あっ、そうだ」
とりえは思い出したように言った。
これは晴美の嘘かもしれないけど、と前置きした。
「松林に穴がある事、誰かに教えて貰ったって言い訳してた」
「誰に?」
「さあ。だから嘘じゃないの。だってそんな事、意味不明じゃない?」
確かに、と若葉も同意した。
意味不明だ。
でも、晴美が一方で罪の告白をしながら、そんな嘘を付くのも意味不明だった。
「明日、新海エリカのDVD捜しに行かない? 駅前にレンタル屋あるから」
若葉はそうね、と答えた。
岡田りえとは上京して半年だけの友達関係だった。
りえはインカレサークルにもすぐに顔を出さなくなり、ボーイフレンドが出来ると若葉とも連絡を取り合わなくなった。
若葉も積極的にりえと会いたいとは思わなかった。
やはり相性というものがあるらしい。
気になって、一応捜したが新海エリカのDVDなど、どこにも見当たらなかった。
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