第10話

「謎解きコールドゲーム」は三人が一つのチームになって戦う。

チーム分けは案外すんなりと決まった。

ほとんどは男子同士、女子同士のチームになった。

A組以外の参加者も募ったが、応募してくる者はいなかった。


新海エリカは『キャバ嬢』とは組まず、前学級委員の村上健太と組んだ。チームのもう一人は川崎。

どうやら勉強が出来る健太を仲間に引き入れた方が勝てると踏んだみたいだ。

エリカが真剣になるのはやはり大吾の隣の席をゲットしたいがためで、それは見え見えだった。

若葉は、クラスで一番の親友である野口珠緒と組んだ。若葉が珠緒と組むのは自然の流れだった。

ただ一つ問題が起きた。

珠緒がゲームに参加することに意義を唱える者が出たのだ。特に激しく文句を言ったのは、やはりエリカだった。

「なんかずるいわね。野口さんがゲームに参加するのは」

「何度も言ってるけど、私は問題作成にいっさい関わってないから」

「そんな事言ってもねえ」

大吾も、問題作成は自分一人でやった。野口さんは何も知らないと明言した。それでクラスは納得したものの、エリカだけが、最後まで納得しなかった。

それで大吾が解決策を提案した。

「じゃあ、野口さんのチームは十五分遅れでスタートするっていうのはどう?」

ステージは全部で五つあるそうだ。

十五分遅れは大きなハンデだが、仕方ないと珠緒は承諾した。

エリカも、十五分のハンデならとようやく首を縦に振った。


村上健太は、この一連のやり取りを冷めた目で眺めていた。

王子様争奪戦、まるでシンデレラ嬢の醜い姉妹達みたいだ。

大吾の隣の席を目指して、クラスの女子共が目の色を変えていやがる。

しかもあの堅物の野口珠緒までが血相を変えているのは噴飯ものじゃないか。

A組のアイドル、三浦大吾が地味で嫌味な珠緒を好きになる事はない。

それは確かに思えた。つまりあの女はフラれる。それを想像すると笑いがこみ上げてきた。少しは痛い目に遭えばいいんだ。今まで俺を散々バカにしてきた罰だ。

健太はチラリと珠緒の横にいる鮎川若葉を見た。

彼女はこの女子の乱痴気騒ぎに参加していない。

健太は安堵した。

鮎川若葉はこんな下らないことに加わってほしくなかった。

自分が彼女に惹かれていることは誰にも知られていない。それは永遠に知られることはないだろう。

別に鮎川若葉と付き合いたいと願っているわけではない。

彼女には沢村正樹という野球部のボーイフレンドがいる。なんでも鮎川から告ったそうじゃないか。

同じクラスになった事がないので沢村正樹がどんな奴かを知らなかった。

それで沢村正樹をこっそりと見に行った。

一言で言えば典型的な体育会系男子だった。百七十五センチの長身で、眉がキリリと太い。浅黒い肌に魅力的な笑い顔。性格に裏表がなさそうな、爽やかな男だった。

男としては勝てない。

それが健太の感想だ。

自分に欠けた魅力を持ち合わせていた。

健太は運動が特に得意というわけではない。テニスが人よりうまいのは子供の頃、テニスの習い事をしていたお陰だ。それに関してはアドバンテージがあった。それだけのことだった。

一方、沢村は野球部の中心選手だ。運動能力を比べたら、テニス部のエースは野球部の補欠にも劣るだろう。野球部は特別なのだ。

だからスポーツ好きの鮎川が好きになるのも頷けた。

クラスの女子は三浦大吾の事をワーキャー言っているが、健太から見たら沢村の方が大吾より断然カッコいいと思えた。

鮎川と沢村は理想的なカップルだから、そもそも他人が入る隙はない。

だが、一方で鮎川若葉を好きだという気持ちも健太から消えなかった。

それは一年生の頃から変わりない。


東英学園の中等部に落ち、公立中学にやむなく進んだ健太は、せめてこの中学ではトップを取ろうと最初の頃はそれなりに気合を入れていた。

しかし、その気負いが裏目に出た。中学最初のテストは思ったように点が取れなかった。しかも数学のテストの最中にお腹の調子が悪くなり、テスト中に堪らずトイレに駆け込んだのだった。クラスの女子がクスクスと失笑するのを聞きながら、席を立った時、どれほど恥ずかしかったことか。東英学園にもこの中学にも拒まれている、そんな気がした。

「大丈夫だった? 調子悪い時、誰でもあるよね」

数学のテスト後、声をかけてくれたのが鮎川だった。

彼女は健太に優しく微笑んでくれた。まるで天使のように思えた。

彼女からはとてもいい匂いがした。

使っているシャンプーかリンスだろう。

柔らかくて温かみのある、ラベンダーの香りだった。

本意でない公立中学の学校生活だったが、鮎川若葉と一緒だというのが健太の支えだったのだ。

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