第7話
ホームルームの時間、岡田りえは頬杖ついて、大きな生欠伸をし、慌てて口を手で押さえた。
本当に死ぬほど退屈だ、と彼女は思った。
ホームルームの議題は来月の文化祭、クラスの出し物を何にするかだったが、なかなか決まらない。全員参加で、楽しめて意義のある事、と担任の木崎は条件をつけたが、そんなものあるもんか。
あまりにもやることがないので、鞄の中に隠し持っているMDプレイヤーを聴きたい衝動に駆られた。
MDに入っているアーティストは、U2、ニルヴァーナ、ガンズ。日本のバンドだとブルーカルト。このクラスでこんな音楽を聴いている子はいない。けっこう古いんだけど、りえはこの手のロックが好きだった。小さい時、両親に連れられて、名古屋港の野外ステージや栄のライブハウスで骨太のロックを聴いて虜になった。
歌謡曲は好きではないので話が合う女子はいなかった。毎日、芸能人の話で盛り上がっているミーハー連中を見るとうんざりする。
唯一話ができそうなのは『オタク』かなと思ったので、りえもその連中とつるむことにしていた。
しかし、喋ってみてやはりつまらないと思った。
りえは少女漫画をいっさい読まないし、エヴァ以外はアニメもあまり知らない。
今年の夏休み、『オタク』から大須で開かれたコミケに誘われてついて行った。コミケはまったく盛り上がっていなくて途中でバックレたかった。でも、学校で気まずくなると思って我慢して一緒にいたのだった。
『オタク』とは合わないと感じ、二学期からは、孤立してもいいかと思って、昼休みなんかはイヤフォンで音楽を聴きながら、シモンズやアシモフのSF小説を読むことにしている。
そっちの方が百倍マシだ、とりえは思った。
孤立していると、客観的に色んな事が見えてくる。
A組は、ぱっと見、『キャバ嬢』が仕切っているように思えるけど、実は違う。
A組をまとめているのは『ユウトウセイ』だ。
なかでも、鮎川若葉の存在が大きい。
野口珠緒は優等生風情が鼻につくが、鮎川若葉にはそれがない。
ボーイッシュな髪型も好感が持てるし、『キャバ嬢』のように男子に色目を使うこともない。
かといって男子からシカトされている『オタク』や『カゲジョ』とは違い、きちんとしたボーイフレンドもいる。
沢村正樹だっけ? 彼もスポーツマンで爽やかだ。
鮎川若葉は社交的で笑顔がチャーミングな女子だ。誰からも好かれるタイプ。
本当は私も彼女と友達になりたい。けど自分が『ユウトウセイ』グループに入ることはありえないし・・・
それにしても、とりえは思った。
三浦大吾が来てから、A組は少しおかしくなってやしないか。
さっきも休憩時間に新海エリカが野口珠緒を呼び出していた。
エリカは先に教室に戻って何事もなかったように『キャバ嬢』達とバカ笑いしているが、後から戻ってきた野口珠緒は半泣き顔だった。
異変に気付いた鮎川若葉が彼女に近寄り、慰めるような感じで話していた。
今日、帰りの掃除当番が若葉と同じだった。
ちょっと聞いてみようかな。
「鮎川さん、さっきは何かあったの?」
りえは丸いゴム製の吸盤がついたステッキを持ちながら尋ねた。
鮎川若葉はモップで床を磨いている。
「何の話?」
「野口さんの事だけど」
りえが言うと鮎川若葉は「何でもないのよ」とチャーミングな笑顔を見せた。
「そう」
話はこれで終了してしまった。
やはり、自分が鮎川若葉と友達になることはないな。住む世界が違うみたいだ。
りえは故障中と張り紙がしてあるトイレに入って鍵をかけた。
上着のポケットからイヤフォンを取り出すと耳に突っ込む。ブルーカルトの音楽を大音量で聞きながら、手に持っている吸盤の付いたステッキをヤケクソ気味に何度も便器に突っ込んだ。
と、しばらくしていきなりドアが開いた。
ぎょっとして振り返ると、森麗奈が立っていた。
泣いていた。
イヤフォンを外し、「どうかした?」とりえは聞いた。
何でもないと森麗奈は小さく答えた。
森麗奈は大柄でぽっちゃりした体形。顔はニキビだらけだが、人懐っこい顔をしている。頭ははっきり言って悪い。全体的にのろまな印象で、クラスでは『カゲジョ』グループだ。
その麗奈がニキビがいっぱいある頬に大粒の涙を流しているのだった。
りえは何でもないわけないと思ったが、深くは聞かなかった。
「ここ、故障中だよ」
「知ってる。だから誰もいないと思って」
「そっか」
麗奈は手の甲で涙を拭いながら、「何を聞いてるの?」と尋ねてきた。
「ブルーカルト」
彼女はブルーカルトを知らなかった。
「聞いてみる?」とりえはイヤフォンを差し出した。
しばらく聞いて麗奈は笑顔を作った。
「なんかいいね」
これをきっかけにりえは森麗奈と仲良くなった。
森麗奈は音楽には詳しくなかったが、父親が大の洋楽好きで自宅に何千枚ものレコードコレクションがあると言った。
「地下に専用のオーディオルームがあって、昔の音楽がいっぱいあるの」
「すごい」
岡田さん、遊びに来ない?
と森麗奈に誘われた。
りえは目を輝かせて「うん。行きたい」と即答した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます