第6話

新海エリカは、その夜、超機嫌が良かった。

さっき、女子大生の姉から、お下がりのヴィトンのバッグを貰ったこともあるが、それよりも今日、学校のホームルームで大吾が学級委員に選ばれたことが事の他、嬉しかった。

大吾はイケメンだけの男ではない。リーダーシップがあり、みんなの上に立つ人間だ。将来はきっとすごい人物になるだろうという予感があった。

「女の幸せは男次第」

これはお姉ちゃんの口癖だけど、本当はママの口癖だったらしい。

エリカは母親の事をうっすらとしか覚えていない。

彼女が小学校に上がる直前に亡くなった。

乳がんだった。

父親はうだつの上がらない工員でパチンコ屋に毎日入りびたるような生活をしていた。

平日でも会社帰りに寄り、休日は早朝から閉店までパチンコ屋にいた。

完全なギャンブル依存症だ。


エリカを育ててくれたのは四つ離れた姉だった。

ご飯を作ってくれて、洗濯をしてくれて、エリカが泣くと優しく頭を撫でてくれた。

エリカは姉の姿を見て育った。

だから姉の言う事、やる事がエリカのすべての行動の基準になった。

「お姉ちゃんは正しい」


経済的にはママの実家から助けてもらった。

おばあちゃんは「心配しなくてもいいのよ」と言ってくれた。

あなたたち二人が大学に行くぐらいは面倒見てあげられるからと。

私はバカだから大学なんてムリだけど、お姉ちゃんは違う。

なんと名古屋ではお嬢様学校で知られる星徳女子大に入ったのだ。

しかも商業高校から。

さすがはお姉ちゃんだ。


名古屋地区には三つのお嬢様女子大がある。頭文字をとって3Sと言われている。

だが、そこに通っている子女のすべてがお嬢様なわけではない。

本当のお嬢様は中等部から来た子のみで、高校や大学からの外部生とは線引きがされている。

特に大学からの外部生は、学園内で最下層に位置され、評価されないらしい。

理由は二つあって、一つは親がリッチじゃないこと、もう一つは実は大学入試が簡単だからだそうだ。

一方、中等部や高等部の入試はそこそこ難しい。だから同じお嬢様大学生でも、内部か外部かで評価が違うのだ。

とは言え、それは内向きで行われる評価であって、世間一般では知られていない。

だから星徳に通っていると言えば、地元では「育ちがいいお嬢様」というレッテルを世間が勝手に貼ってくれる。

お姉ちゃんはそれを利用している。

頭が回るのだ。

大学ではスキーやテニスサークルに籍を置いて、合コンばかりやっていた。

相手は医学部や薬学部の学生達。特に新入生は女性に免疫がないウブばかりなので、セクシーな服でちょっと迫ると、あっさり落ちるとお姉ちゃんは教えてくれた。


「待ってたって、男は言い寄ってこないわよ、エリカ。欲しいものがあるなら自分からゲットしに行かなくちゃ」

その通りだと思った。

どんな美人でも、告白されるとは限らないし、告白してきた男が理想の男というケースはまずない。遠慮や消極性にはなんのメリットもないのだ。行動しないことには始まらない。

だから、三浦大吾が現れた時、エリカは「彼だ」と思った。

絶対に彼女になってみせると。

他の生徒にはバレバレだけど、そんな事いちいち気にしないわ。


さしあたって私のやるべきことは害虫駆除。

大吾の周りに一匹、ウザいハエが寄ってきている。

それを片付ける必要がある。



「ちょっと顔かしてくれない」

翌日、エリカは休み時間に野口珠緒を呼び出した。

人気のない廊下の隅に連れ出す。

「新海さん、何の用?」

すっとぼけた顔で聞いてきた。

エリカは睨んだ。言わなくてもわかるだろうに。

「ひょっとして、勉強の事? 悪いけど・・・」

「そんな事じゃないわよ」とエリカは吐き捨てた。

相変わらず食えない女、とエリカはムカついてきた。

確かにこの間、珠緒に勉強の事を聞いた。しかし、それはあくまでも探りを入れるための糸口だった。まあ、多少は勉強のコツのようなものがわかればいいと思わなくはなかったけど。

そしたら、この女は「予習が大切よ」みたいなバカみたいな事しか教えてくれなかった。完全に舐めている。私をアホ女だと見下している。

私がこんなガリ勉より下なんてありえないつーの。

珠緒が大吾の事を好きなんじゃないかと気付いたのはもっと前だった。

最初はこの『ユウトウセイ』が?と半信半疑だったけど、珠緒の視線の先には必ず大吾がいた。

間違いない。珠緒は大吾に惚れている。その辺、私、鋭いから。

でも、その時はあんまり問題視しなかった。この手のタイプは自分からアタックをかけない。頭の中で恋の妄想をするのが関の山だ。

妄想ならいくらでもすればいい。

ところが事情が変わった。

大吾が学級委員となった事で珠緒と二人きりになる時間が増える。それはヤバイ。大吾は絶対相手にしないと思うけど、万が一、いや一億が一ということもある。それに何よりこの二人がペアになって一緒にいる姿を見ると反吐が出るし。


「あんた、大吾の事が好きなんでしょ」

エリカは回りくどい事はやめて、ダイレクトに言った。

珠緒は目をパチクリさせて「いきなり、何言うのよ」と答えた。

「だから、好きなんでしょ」

「あなたに言う必要ないじゃない、そんな事」

珠緒が顔を真っ赤にしている。

怒ったようだ。『ユウトウセイ』でも怒るんだとエリカは思った。

勉強では勝てなくても、恋愛だったら、私の方がスペックははるかに上よ。

エリカは言い放った。

「大吾は諦めな。あんたには村上あたりがちょうどいいじゃない」

エリカは言いたい事だけ告げると、背を向けて教室にそそくさと戻った。

世間知らずのガリ勉でも、これだけはっきり言ってやればわかるでしょ。

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