#004 我平凡な少年なり③

 霧崎がサバイバルナイフを振り下げた。

 瞬間、空気が切れて、地面に深い跡が刻まれる。僕は息を呑んだ。

 神凪さんは身軽に回避していた。その刻まれた跡を見ながら呟く。


「これが万物を切断する魔法、ですか。を植え付ける。あなたはその魔法で一体何人の非魔法使いを殺したんですか」

「ひひっ、知る、かよっ……! 魔法使いに、なれたんだ! 力を行使するのは、当然の権力だろっ!」


 霧崎は無差別にサバイバルナイフを振るう。そのたびに近くの物が切断され、地面に跡が刻み、空気が震えた。僕の隠れていた物にも直撃し、僕は咄嗟に身をかがめた。遅れて、僕の頭上を斬撃が通り過ぎる。死ぬところだった。

 神凪さんは全ての斬撃を回避していた。優雅に踊っているようにも見える。その姿に不覚にも見惚れてしまっている自分がいた。


「ひひっ、避けて、ばっか、じゃねえか!」

「ええ、だから攻撃させてもらいます」


 神凪さんの動きが変わった。斬撃を掻い潜ると、霧崎の懐に向かって地面を蹴り出した。異常な速度で霧崎の間合いに踏み込む。


「ひ、ひぃっ……!」


 霧崎に焦りの顔が浮かんだ。サバイバルナイフを神凪の振るおうとする。神凪さんは白い剣を振り上げた。


「バカめ! んな魔法斬ってやるよ!」


 白い剣とサバイバルナイフが激突。小さな火花を散らしながら神凪さんは受け止めた。霧崎に驚愕の表情が浮かぶ。


「な、斬れない! な、なんで――」


 神凪さんはサバイバルナイフを弾くと、そのまま霧崎の体に斜め一閃の一撃を食らわせた。霧崎の体からパッと血が吹き出す。霧崎は耳障りな叫び声を上げながら地面を転がった。サバイバルナイフはいつの間にか消えていた。

 神凪さんは切っ先を霧崎の喉元に突きつけていた。


「チェックメイトです」

「ひ、……ぃ」


 霧崎は声なき悲鳴を上げた。刻々と霧崎の身体からは血が流れている。僕はそれから目を離すことができなかった。


「なんで、お前が、を……、いや、まさか、それがお前の魔法かっ」

「……」


 神凪さんは答えなかった。

 切っ先を突きつけた状態で霧崎を見下ろしていた。霧崎は完全に震え上がっている。血を流し過ぎているせいか、顔は真っ青だ。


「あなた、どうやってその魔法を手に入れたのですか?」

「――!」

「あなたは数年前まで非魔法使いだった身ですね。あなたの知っている情報を全て答えてください」

「い、言えな、ひぃ!?」


 霧崎が拒絶すると同時に、神凪さんは切っ先を喉元に触れていた。喉元から小さな血が垂れる。霧崎はきっと悟ったはずだ。何も言わない選択を取れば死ぬしかないと。

 霧崎は荒い呼吸をしながら叫ぶようにして答えた。


「あ、あえ、与えられたんだっ!」

「与えられた?」


 神凪さんの表情がぴくりと動いた。

 僕も神凪さんたちの会話に気になってしまった。魔法を与えられた? 僕は無意識に前のりになっていた。

 落ちていた空の段ボール箱を踏んでしまった。ボスンっ、という段ボール箱が突き抜ける音がした。同時に充満していた埃が散った。


「ぁ、やば」


 物音は嫌に響いた。一瞬、神凪さんと目が合った。


「ひ、ひひっ!」


 その僅かな隙を霧崎は見逃さなかった。手にサバイバルナイフを出現させると、神凪さんに斬撃を繰り出していた。

 神凪さんの血が弾く光景が容易に想像できた。が、それがやってくることはなかった。

 神凪さんの周りに浮かんでいた白い球体の内一つが間に割って入るように飛来する。それは形を変化させ、花弁の形をした盾になった。斬撃は弾かれる。

 神凪さんは躊躇なく霧崎の首を刎ねた。僕はその光景を見て、吐き気がした。耐えきることができず、その場で吐いてしまった。胃液しか出ない。


「物陰に隠れておくよういいましたが」


 神凪さんは僕に鋭い視線を向けていた。

 宙に浮かんでいた白い球は消えていた。


「あ、ごめん……」


 僕は神凪さんの顔をうまく見ることができなかった。


「えっと……、その」

「神凪空音。あなたは?」


 神凪さんが訊ねてきた。

 そういえばお互い名前も言っていない。


くぬぎ夕夜ゆうや。一応、同じクラスメートです」

「あ、そうだったんですか」


 当然の反応だった。

 神凪さんの雰囲気が和らいだ。


「とりあえず、先程言えなかった話の続きをしましょうか」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「私は魔法使いです」

「魔法使い……」

「現代人の認識としてはその反応で間違いないです。が、魔法使いは実在します。魔法を操る存在。私もその一人です。少し特殊な立場にいますが」


 今更信じないとは言えない。

 実際、僕の目の前で魔法による戦いがあったのだから。信じられない出来事ではあるけれど。


「魔法使いは、基本的に公の場に現れることはありません。しかし、十年に一度、彼らが公の場に現れるときがある。それが――魔導大戦。唯一人の魔法使いを決めるための戦い」

「世界大会みたいな?」

「……まあ、認識としては間違いないですけど。魔法使いによる戦闘は真夜中に行われ、それによって起きた被害は一切未解決になる」


 そういえば神凪さんは霧崎が一般人を殺したと言っていた。


「私は政府によって参加した魔法使いを殲滅するための魔法使いです」

「じゃ、じゃあ僕はそれに巻き込まれた形?」

「違います。あなたが勝手に乱入したんです」

「あ」


 その通りだ。

 仮に僕が神凪さんを助けなくても、神凪さんが霧崎に殺されることは実力的にはあり得ないだろう。つまり、僕が勝手に乱入してきたことになる。無性に情けないと思った。


「そのせいで厄介なことになりました」

「厄介なこと?」

「先程、あなたは怪我をしていた話をしたでしょう。実際、あなたのエーテル体は深く傷ついていた」

「エーテル?」

「ようは魂です。霧崎の魔法は斬る事実を上書きする魔法。通常の医術ではあなたを助けることはできませんでした。あなたは私の魔法の半分の力を譲渡して延命手段を取りました」


 話の先が見えてこなかった。

 僕は混乱する頭を整理する意味も込めて言う。


「よくわからないけど、つまり神凪さんの持つ魔法? の力を半分僕に渡したから今僕は生きてるってこと」

「大体そんな感じです」

「そんな感じ」


 僕は自分の体を見下ろす。

 傷跡はあるが、血は流れていない。あの致命傷の傷があっても生きていられているのは神凪さんのお陰だ。


「本当に、助けてくれて――」


 ありがとう、とは言えなかった。それよりも早く神凪さんが言ったからだ。


「礼を言うかどうか話を最後まで聞いたほうがいい。私はあなたに魔法を半分与えてしまっているから本来の実力の半分しか出せない。それでは任務に支障が出る。そして、あなたは図らずとも私の魔法を持ってしまったことで魔法使いという認識がされてしまった。これを意味する理由、わかりますよね?」


 あ、と僕は声を漏らした。

 神凪さんが何を言いたいのか理解できた。


「――あなたには、私と共に魔導大戦に参加してもらいます。私の半身として魔法使い殲滅を手伝ってもらいます」

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