#005 魔法使いの町
昨日のあらすじ。
一目惚れした女の子は魔法使いでした。
なんでやねん。
僕が教室に着くと、既に神凪さんは教室にいた。今日も机の周りにクラスメートたちが集まり、愛想良く振る舞っている。昨日の出来事なんて、まるで無かったかのように振る舞っている。
いや、実際無かったのかもしれない。そのほうが自然だ。けど、僕の体に刻まれた斜め一閃の傷跡が現実であることを示している。
僕が席に着くと、茜が飛んできた。
「おっはーよう。ん? 元気ないね。寝不足かな?」
「いや、まあちょっと」
「ん?」
茜は首を傾げていた。
昨日魔法使いとの戦いに自分から巻き込まれたと言ったら茜はどんな反応をするだろう。多分頭がおかしくなったんじゃないかと疑われるだろう。あるいは中二病扱いされるか。僕は高二だから高二病か。そんなどうでもいいことを思った。
「そういえば知ってる? 真夜中のケルベロスってやつ」
「ダサいネーミングセンス」
「言っとくけどわたしが考えたわけじゃないからね」
茜は年を押すように言った。もちろんわかってるとも。
「昨日だっけな? 三つの首を持った鋭い牙を持つ動物の影を見た人がいたんだって。それが空想上の生き物のケルベロスに似てるから真夜中のケルベロス」
「安直すぎない? それに三つ首の動物なんてそんなものいるわけ――」
ない、と言いかけて止まる。
いや、断言できるのだろうか。僕は昨日自分の常識の枠外にあるものを見せつけられた。実在するのだと認識した。僕は未知の領域に踏み込んでしまっている。
その真夜中のケルベロスも、魔法使いが関連しているのではないだろうか。
それなら、なんとなく説明がついてしまう。
「ゆう?」
「え、いや」
僕はとにかく何か別の話にすり替えようとするが思いつかない。あたふたとしていると、僕の横から会話に入ってくる人影。
「俺もその話聞いたな。真夜中のケルベロス」
良太だった。今日もややホームルームぎりぎりの登校だ。僕は良太に目を向けた。
「それってあれだろ? 散歩連れ出してた三匹のペットを見間違えたっていう笑い話だろ?」
「え? そうなの?」
「おう、そう聞いたぜ」
僕は良太の話にホッとした。
やっぱり考えすぎなのかもしれない。話に興じていたせいか、彼女が声を掛けてくるまで僕は彼女の存在に気付けなかった。
「クヌギくん」
「え、あ、神凪さんっ!?」
素っ頓狂な声が出たと思う。
しかし、僕以上にクラスメートが驚いていた。茜と良太も同様だ。
「今日の昼休み、話したいことがあるから、ちょっといいですか?」
神凪さんがそう言ってきた。僕は神凪さんが言いたいことがすぐに察せた。
昨夜の出来事についてだ。あの日は時間も遅いこともあって、詳しい話は後日になってしまった。つまり、僕の今後にも関わる話だ。けど、もう少し人がいないところで誘ってほしかった、とは同時に思った。
「は、はい。わかりました」
なんだか上司と部下の会話みたいになってしまった。
神凪さんは頷くと、元の席に戻っていく。
「ちょっと! どういうこと!」
「いつの間に神凪さんと仲良く……」
茜は神凪さんが去ると真っ先に訊ねてきた。
勢いが過ぎたのか、僕との距離が一気に近づいてくる。
良太に関しては何を思っているのか、感慨深く頷いていた。
「親友がここまで手を出すのが早いとは思わなかった。やるな、ゆう」
「誤解だから!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼休み。
僕は神凪さんと屋上に来ていた。
「屋上って確か入るの禁止なはずじゃ」
「密会ですからこういう場所は適切でしょう」
神凪さんは校則破りに気にする様子は一切なかった。改めて僕と向かい合う。
「では、早速昨日の話をしましょう」
「ちょ、ちょっと待った」
「?」
僕は神凪さんに待ったをかける。
僕は手にした弁当箱を見せながら言った。
「どうせなら、昼食を食べながら話さない?」
「…………まあ、別にいいですけど」
変わった形で神凪さんと昼食を取ることになった。僕は手作りの弁当。神凪さんは市販で買ってきたパンだった。神凪さんは僕の弁当を見て言う。
「そのお弁当、手作りですか?」
「あ、うん。一応、僕が作った」
「お料理が得意なんですね」
「いや、それほどじゃ……。ただ両親が共働きでよく自分で夕飯とか作ってたからそれで上達できただけだし」
「取り柄があるのはいいことですよ。……私には無いですから」
後半の言葉は聞き取れなかった。神凪さんはひと息つくと昼食兼昨夜の説明が始まった。
「まずクヌギくんはどこまで把握してますか?」
「えっと……魔法使いが実在して、魔法使い同士で戦っているのと、死にかけだった僕を神凪さんが治してくれたけど、代わりに僕も戦わなければいけなくなった……って大体合ってる?」
「概ね間違ってないです。では、これはその続きから話しましょう」
曰く、神凪さんがこの地に派遣されたことはこの町が魔法使いが最も集まっているとされているからだ。
神凪さんは魔導大戦を名目で暴れる魔法使いの殲滅。つまり、政府代表の魔法使いだ。この弓月市には一ヶ月ほど前から住んでいるらしい。
「半月ほど七人の魔法使いを殺して――」
ちゃっかり、とんでもない話を聞いた。こういう話を事実をただ事実として述べるような言い方をするのが、神凪さんが違う世界の住人なのだと、示している。
「私はある疑問を思いました。そもそも、‘‘魔導大戦’’とは一体なんなのか。なぜ魔法使い同士で戦う必要があるのか。十年に一度戦うのか。なぜ公の場に出ない魔導大戦のみ参加するのか。なぜ、なぜ、なぜ……。私が今回の任務を成功させたとしても、十年後に同じ繰り返しが起きていれば意味が無い。この連鎖は、止めなければならない」
神凪さんの表情はどこか秘めたものだった。僕はその圧に気圧されてしまった。いつもと違う神凪さん。いや、これが本当の神凪さん。
「話は変わりますが、魔法使いは生まれながら魔法使いなんです。血統主義、と言い換えてもいいかもしれません」
「あれ、でもそういえば霧崎は、」
「そう、霧崎は元は非魔法使いでした。それが斬りの魔法使いとなっていた……。それだけではありません。私の知る限り、何人もの非魔法使いが魔法使いとして活動している事案が発生しています。――今回の魔導大戦は、
神凪さんはそう言うと僕を見た。
「あなたは、私の半分の魔法によって
神凪さんは立ち上がると僕に頭を下げた。
「改めてお願いします。私に力を貸してください」
僕は立ち上がった。
魔法使い。魔導大戦。その裏にある何か。僕はきっと本当の意味での恐ろしさをまだ理解していない。どこか現実とはかけ離れた目線で見ている。傍観者なのだ。
もし、神凪さんの応えた瞬間、僕は傍観者ではいられない。一人の当事者になる。今まで十六年。僕は自分勝手に平凡な人生を謳歌した。それはきっと普通だけど普通ではなくて。当たり前の日常は当たり前ではなかった。裏では魔法使いが戦っていたのだから。
いや、多分、違うな。
こうやって理論立てているけど、本当は違う。全部、下心だ。
ただ好きになった子の手伝いをしたいだけなのだ。あまりにも不純で、身勝手で、ありきたりな理由。
「僕じゃあ、力になれるか、わからないけれど。少しでも神凪さんの力になれるよう頑張る。僕からも、神凪さんの手伝いをさせてください」
「――」
神凪さんは顔を上げた。少しだけ驚いた表情を浮かべていた。
「空音、です。神凪とは呼ばず、空音と呼んでください」
「え、でも」
「名字で呼ばれるのは好きじゃないんです」
僕は情けなくも照れた。
人の名前を呼ぶのになぜ照れる理由があるのか、自分でもよくわからなかったが、それでも照れた。
「……よろしく、そ、空音さん」
「はい、クヌギくん」
あ、そっちは苗字なんだ。
そんな、どうでもいいことを思った。
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