第百二話 胡桃とヒーロー
「っ!」
飛んでくる無数の黒い粒子。
それは一つ一つが刃状になっているに違いない――『イージス』を展開しても、即座にそれを削り、破壊してしまう。
(まるで異能が役にたたない! でも、怪人が時雨の中にいるせいか、あたしの身体の震えは治まってる!)
ならば、助けなければならない。
時雨は胡桃のせいで、怪人に寄生されてしまったのだ。
胡桃がそもそも怪人と戦おうと思わなければ。
胡桃が時雨の指示に従い、引き返そうとしなければ。
今更悔やんでも仕方ない。
悔やんでいる暇があるのなら、例えどんな犠牲を払おうと時雨を助ける。
(でも、いったいどうやって助ければ……気絶させて動きを止める? そうすれば、怪人は次の宿主を探すはず)
いざとなれば、身代わりに胡桃が身体を捧げればいい。
胡桃は時雨にそれくらいの事をさせてしまったのだから。
けれど、今は目の前のことに集中しなければならない。
(剣や光線を放って来ないところを見ると、この怪人は異能を使いこなせていない。でも、元が最強の異能ってところを考えると、気を抜いていい相手じゃないんだから!)
それに、胡桃は時雨の身体に傷をつけるわけにはいかない。
そう考えると、どうしても相手が有利になってしまうのだ。
(でも、絶対に助ける! これは全部あたしのせい……あたしが何とかしないと!)
と、胡桃がそんな事を考えていると。
時雨が胡桃へとゆっくり手を翳してくる。
すると、それと同時襲ってくるのは無数の漆黒の粒子。
先も言った通り、あれらは『イージス』を容易に削り喰らってしまう。
と、時雨の中の怪人もそう思っているに違いない。
「絶対防御を舐めないでよね!」
言って、胡桃は粒子を防ぐように不可視の盾を張る。
その結果。
漆黒の粒子は盾に塞がれ完全に止まる。
理由は単純だ。
胡桃は盾の下に盾を、その盾の下に更に盾を――。
そんな具合で、無数の盾を層にして重ねたのだ。
(これなら、盾をすぐ壊すほどの攻撃でも、容易に全ての盾は壊せない! あとは隙をついて時雨を無力化――)
と、胡桃の思考は途切れる。
同時訪れるのは、一瞬の意識の暗転。
「う……なに、が?」
時にして数秒後。
胡桃は気が付くと、地面へと倒れていた。
見れば、彼女が先ほど居た辺りの地面から、黒い触手が生えている。
(盾で粒子を防いでいる間に、下からあれで顎を攻撃された……っ! 怪人のくせに!)
胡桃はその触手を睨みつけ、立ち上がろうとする。
だが。
「あっ」
またしても胡桃の身体は震えに襲われる。
触手だ――怪人にしか存在しない部分を見たせいで、再び体がトラウマに支配されたのだ。
(う、そ……なん、で……なんで身体、動いて、くれないの?)
動かなければ時雨を助けられない。
動かなければ、動かなければ――。
死ぬ。
直後、胡桃に向かってくる大量の粒子。
あれを受ければ、胡桃は削り喰われ骨も残らないに違いない。
しかし。
気がつけば胡桃はその場から離れた場所に移動していた。
そして、聞こえてくるのは。
「胡桃、怪我はない?」
先ほど、胡桃が突き放した少年の。
優しい声だった。
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