第四十七話 空と事情説明とお説教

「はぁ……つまり、咄嗟に奴隷になったら力が手に入ると言ってしまったと? 成行き上仕方なく、異世界のことを全部梓さんに話してしまったと?」


 と、ジトーとした瞳で睨んで来るのは時雨である。

 彼女はシャーリィに、あやとりを教えながら空へと言ってくる。


「兄さん……とんでもないことをしてしまいましたね。言っていいことと、ダメなことの区別すらついていなかったとは……妹として、とても残念です」


「言い返す言葉もないけど、本当に仕方なかったんだよ! なんか意識があやふやな時に『奴隷になれば云々』って言っちゃったみたいで!」


「意識があやふやになるようなことをされたその隙……それを生み出したのは誰ですか」


「うっ……僕です」


「プロヒーローになったとき、意識があやふやになったら、助けられる人も助けられませんよ」


 正論過ぎてつらい。

 と、空が意気消沈していると、時雨は空へと更に続けてくる。


「それで、なにか言うことはありますか?」


「次からは気をつけるよ、絶対に」


「本当に注意してくださいよ……たった一回の失敗でも、こんなモンスターを召喚してしまったんですから。わたしは兄さんの事が心配です……もしも兄さんに何かあったら――」


「モンスターってなによ! まさかあたしのこと!?」


 と、言ってくるのは胡桃である。

 彼女はベッドをぼふぼふ手で叩きながら時雨へと言う。


「ちょっとあんた! プロヒーローだからって、初対面の人の悪口を言うのはどうなのよ!」


 胡桃の言葉、完全無欠のブーメラン!

 空はそんなこと思ったが、ここは黙っておく。

 すると、時雨が胡桃へと言う。


「プロヒーローなのは関係ありませんよ……これはわたしの性格です」


「ふんっ! その生意気な態度、いつかあんたを超えてひーひー言わせてやるんだから!」


「どうぞご勝手に……なんなら、わたしの不戦敗ということでもいいですよ」


 と、時雨は「ふっ」と一笑い、胡桃へとさらに続ける。


「随分と生き辛そうな性格をしてますね……同情します」


「そっくりそのままお返しするわ! あんた、友達いないでしょ!」


「居ませんが何か? わたしは兄さんが居ればそれで――」


「シャーリィが友達だ!」


 と、乱入してくるのはシャーリィである。

 彼女はあやとりを中断、時雨へと抱き着きながら胡桃へと言う。


「シグレの友達はシャーリィだ! でも安心しろ! シャーリィはクルミとも友達なんだ!」


「は、はぁ? なんであたしがあんたと――」


「クルミからは優しいにおいがする!  ツンツンしてるのは表面だけだ! シャーリィは優しいにおいがする奴は好きだ! だから、シャーリィはクルミのこともスキだ!」


「あっそ、勝手にすれば!」


 と、頬を赤らめ顔を逸らす胡桃。

 まんざらでもなかったに違いない。


 空はそんな彼女を見ながら考える――無論、考える内容はシャーリィが言った『胡桃からする優しいにおい』についてだ。


 もちろん、空はそんなにおいを嗅ぎ取ることなどできない。

 しかし、シャーリィが言う以上は本当のことに違いない。


(そういえば、胡桃がヒーローになりたい理由って聞いたことがなかったな。妹のためとかも言ってたし、それが『優しいにおい』に繋がってるのかも)


けれど、その理由をここで聞くのは無神経に違いない。

 人がヒーローを目指す理由は千差万別――言いたくないような思い出に紐づいているものも、あるかもしれないのだから。


(それにしても優しい……ねぇ)


「ちょっとあんた! 何見て……っ! あんたまさか、あたしのにおいを嗅ごうとしてるんじゃないでしょうね! こ、このへんた――」


 と、胡桃はそこでなにやら思い直したかの様に、呼吸を整える。

その後、彼女は再び空へと言ってくる。


「べ、別にいいわよ……あんたが嗅ぎたいなら、嗅ぎなさいよ。あたしの身体は……あ、あんたの物なんだからね!」


 とてとて。

 とてとてとて。


 胡桃は空の前までやってきて正座する。

 そして、彼女は手の甲を空の目の前へ差し出し、首をかしげながら言ってくるのだった。


「ねぇ、空。優しいにおい……する?」

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