第三十話 空と運命の控室

 時はシャーリィをファルネールに帰してから数時間後。

 現在、空は学内に存在する大闘技場――その控室へとやってきていた。

 その理由は当然。


「兄さんが梓さんとの模擬戦!? 聞いてませんよ! どうしてそんなの引き受けるんですか!」


 と、言ってくるのは時雨である。

 空はそんな彼女へと言う。


「ほら……時雨に言うと、止められるってわかってたから」


「当り前ですよ! 自分の兄が大勢の前で、バカにされるところなんて見たくないですし……そんなことをされるなんて、耐えられません!」


「いや、バカにされるって決まったわけじゃ……」


「されますよ! 梓さんの強さを際立たせるための模擬戦……兄さんは派手にやられるためだけのピエロじゃないですか!」


 と、時雨は瞳を潤ませ本気で怒っている。

 空はそれを見て、時雨に言わなかった本当の理由について考える。


(僕はピエロになるなんて、特に気にしないけど……時雨に言うと心配させちゃうからな)


 出来る事ならば、時雨と関わることなく模擬戦を終わらせたかった。

 しかし、マスコミも来る大きなイベントだ。


(まぁ、時雨にバレないでやり過ごすっていう方が無理だよな)


 結果。

 時雨は模擬戦開始直前――空の控室に殴りこんできたというわけである。

 そして、そんな彼女は「もういいです!」と、彼女らしくない声で言う。


「わたしがこの模擬戦をやめるように言ってきます! 最悪、わたしが兄さんの代わりに梓さんと戦います!」


「いや……時雨が出たら、逆に梓さんボロ負けしちゃうでしょ……」


「いいじゃないですか、それで! わたしだってメディアからの注目度は高いんですよ! 最年少にして、最強の美少女ヒーロー『天使ちゃん』って! わたしが出たらみんな喜びますよ!」


「…………」


 時雨は怒りすぎて完全に暴走している。

 自分が言っていることも理解していないに違いない。


 とまぁ、なにはともあれ。

 本当に時雨を出すわけにはいかない。

 そんなことをすれば、多くの人に迷惑がかかってしまう。


 そもそも、ここでそれをするならば。

 最初から話を断っておけということになってくる。

 故に空は時雨の頭に手を置きながら言う。


「わかった。じゃあピエロにはならないよ」


「! では、模擬戦には――」


「模擬戦には出る」


 空は口を開きかける時雨を制し、すぐさま彼女へと続ける。


「だけど、一方的にやられたりはしない。ある程度は戦いらしい戦いにしてみせるよ……その後に派手に負けてみる」


「そんなこと……兄さんの異能じゃできませんよ。梓さんの異能は強力です……異能『道具箱』では勝てません。例えその真の力が異世界に行くことで――」


「時雨、僕を信じてほしい」


 空がそう言うと、時雨はゆっくりと頷いてくれるのだった。

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