第10話 始まりの日

ひとしきり泣いたクロードはすぐさまアークトゥルス様に面会を申し込んだ。


新伯爵として領地にこもっている彼も、戦勝式典で王都に来ているはずなのだ。

すぐに返事があり、別邸に招かれた。


アークトゥルス様は先代がそうであった様に、タウンハウスに仕事を持ち込みたくないという理由から別邸で領地の書類整理をしていた様だ。


執務室に招かれたクロードは驚きを隠しきれなかった。

家族以外を領地の情報が集まる部屋に入れるなどありえないからだ。

もしかしたら共同事業の清算のために入れてくれたのかもしれないが。


驚いていたクロードにアークトゥルスは口を開いた。

「どうした義兄弟?いきなり面会とは。クリスにはもう会ったかい?」


クロードはその言葉に気持ちを抑えきれなかった。


「最悪の冗談ですね。バードランド伯爵家はどこまで私を愚弄するおつもりですか?」


クロードの怒気にアークトゥルスは驚きを隠さない。


「どうしたんだクロード?何にそんなに腹を…」


「たった今婚約を解消されましたよ。バードランド伯爵家とアーガイル子爵家では無理があると。アルフォン侯爵家と婚約するからと!」


クロードは叫ぶ様にアークトゥルスに叩きつける。


「たしかに身分差はあります。私は戦地から先代伯爵様の葬儀にも参列できませんでした。しかし、だからこそ、天候不順に見舞われたあなた達の領地の税を肩代わりできるだけの見舞金も出した。手元資金が足りないという共同事業の拠出金をほぼアーガイルで負担までした。それなのに、金だけ出させて捨てておいて義兄弟だと?あなたはどこまで私達をバカにするのですか!」


クロードの叫びにアークトゥルスはただ呆然としていた。


「アーガイルはバードランド伯爵家との取引はすべて終了致します。領内での営業は全てです。共同事業はそのままお渡し致しますが、資金と人員は引き上げます。経済的な相互扶助は婚約を条件とあなたを含めて戦前に先代と話しました。まさか婚約同様これも破りますか?伯爵家は?」


クロードは家令に用意させた書類をアークトゥルスに渡しサインを迫る。


「すまない。私も領地にこもり詳しくはわからないのだ。本当に婚約解消なのか?」


「私はいまあなたを信用していません。そしてこれが写しです。ご丁寧に王家からも先王の意思に背く咎は問わないとの覚書まで取っていましたよ。用意周到な事だ」


「たしかに本物だ。しかし、私にはわからないのだ。クリスと君は愛し合っていたのではないのか?」


「少なくとも私は愛しておりました。ですが手紙の返事も半年以上頂いておりませんし、解消が望みかと問えばこちらを見ることさえ無く頷いていましたよ。私に力がなく愛し合う事に至りませんでした」


「いや…。しかし…」


「これ以上アーガイルを馬鹿にしないでください」


クロードは心底呆れ侮蔑の意図を持って伯爵を見つめる。


「わかった。今の君と話しても何も解決はしないだろう。一度まっさらにしよう」


アークトゥルスはサインをしたためた。


「君と家族になりたかった」


「私もですよ」


アーガイル子爵家とバードランド伯爵家は完全に決裂したのだった。



クロードがアーガイル子爵家に戻ると、家令らは怒り狂っていた。自分より怒っている人がいると冷静になれるというのは本当だとクロードは思った。


皆を落ち着かせたクロードの元に来客を知らせるベルがなる。

玄関にはエルがいた。


「やっほー。こんな国嫌気がさしたんじゃない?」


「ああ。今すぐにでもすべて捨てたいぐらいだ」


クロードの言葉にエルは佇まいを直す。

「ならば帝国へ来なさい。クロード。私の、エーデルガルト=フォン=ヴァインベルガーの騎士となりなさい」

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