第9話 終わりの日

ユンカー団長から祝福を受けたクロードは、野営地で停戦と終戦の会談が上手く行くことを祈った。


王国側はこの港街の自治権とナルヴァ侵攻の賠償金を請求しダグラム側は教皇の失脚もありすぐに話がまとまった。


軍艦で多くの上位貴族はあっという間に帰国の途に付き、クロード達下級貴族は治安維持等の確認を終えてからの帰国となった。

クロードが自宅に戻ったのは出立から2年と半年が経っていた。


商会の報告書を確認しながら、家令からの口頭報告も合わせて聞く。

エルからは帝国の鼠駆除と王国に釘は指したと感謝の手紙が届いており、「何かあれば帝国へ」との言葉も書かれていた。

どうやら大捕物だったようだ。


エルの笑顔を想像するとクロードも笑顔になれた。


しかし、すぐにクロードの笑顔は曇る。商会からの報告書にクリスとアルフォン侯爵令息が頻繁に会っているという内容が記載されているからだ。


帰国してから何度も墓参りに伺いたい旨をバードランド伯爵家に伺いを立てているが、今は手が離せないと伯爵夫人から返事が着ている。

当然クリスとも会えていない。

心のどこかで関係の終わりを予感しつつ、そんなことは無いと信じる自分がいることにクロードは戸惑いながら日々を過ごした。


そして、帰国して一週間。戦勝式典が始まった。

ユンカー団長が一番の功績とされ割譲された港街をベルト侯爵家に与えられた事を皮切りに、多くの上位貴族を称賛する言葉を国王は述べていく。

一度しか戦場に立っていないクリスやアルフォン侯爵令息も十字勲章を与えられているのだから茶番も茶番である。


国王は上位貴族の叙勲を終えると退席し下級貴族へは宰相に任せたみたいだった。

クロードは黒羽勲章を与えられた。

黒羽勲章は十字勲章のひとつ下の勲章で、騎士学校を優秀な成績で卒業した者に与えられる勲章だ。

命をかけた戦いに出た報奨が学校卒業と同程度なのだ。クロードはやるせない気持ちを抱えて帰宅するのだった。


帰宅後、クロードの元にバードランド伯爵家より遣いが子爵家を訪れ、「今から参上せよ」との通達を持ってきた。

非礼だと怒る家の者をなだめ、クロードはバードランド伯爵家に向かうのだった。


バードランド伯爵家に着いたクロードは応接室に通された。

窓の外には憲兵隊の馬車もありこちらを見ている。

程なくして伯爵夫人とクリスが部屋に入ってきた。

そして開口一番「婚約は解消します」と書類を渡してきたのだった。


クロードは驚きより悲しみと今までの態度からある程度の納得をもって夫人とクリスを見る。

クリスは下を向いたままであるが。


「妻の父が亡くなっても戦地から帰れないあなたの身分ではクリスを守れないと思いましてね。あなたが戦地にいる間、クリスはエスコート無しで上位貴族との集まりに出るという恥をかきました。周りの令嬢は王都に婚約者がいるのですからクリスの孤独は人一倍でした」


演技がかった口調で夫人は続ける。


「それに二年以上も戦争に参加してクリスより活躍をしない男などに伯爵家から嫁に出すことは出来ません。あなたは黒羽勲章だとか。戦争を経験していない私が持っている程度の勲章しか手にできない殿方では大切な娘を預けられません」


クロードは感情を抑えるのに必死だった。しかしわざと夫人がやっているとわかったからこそ耐えることができた。

もしクロードが怒りに任せて行動すれば憲兵隊に口実を与えていただろう。

そこまで嫌われたとはとクロードは嘆いた。


「甲斐性のない殿方と望まぬ婚約をさせられた可哀想なクリスを、アルフォン侯爵様は不憫に思われてクリスを是非にとおっしゃってくださいました」


一呼吸して夫人は言う。


「クリスの為に身を引いてください。元々無理な婚姻なのです。王家からも両家合意ならば認めるとの覚書も頂いているのよ」


新たな書類を見せてくる。王家の印がある書類には先代の意に反したとしても咎は無しとの記載がある。

隣の婚約解消の書類にはクリスのサインはすでに書いてある。見慣れた彼女の字だ。


「あなたが望むならばサインします」


クロードはクリスに告げるとこちら見ることもなく、頷く。


「わかりました。サインしましょう。アーガイル子爵家と伯爵家の共同事業は解消と共に清算でよろしいでしょうか?」


「ええ。侯爵家と繋がるのです。子爵家との事業はむしろ清算した方がいいと考えていました」


「わかりました。詳しい話はバードランド伯爵としたほうがよろしいですね」


「そうしてちょうだい」


「では」


サインするために書類に手を伸ばし、この二年間を思い出す。泣きそうな心を封じ込め、サインをしたためた。


「これで婚約解消ですね。私は失礼致します。バードランド伯爵令嬢様も今までありがとうございました」


そう告げたクロードはバードランド伯爵家を出た。


悔し涙が溢れて前さえ見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る