第8話 ハイエナと殿

クロードが最前線に戻ってからすでに一年以上がたった。

ある時期を境にダグラム軍の装備の整備が悪くなった。おそらくエルが仕事をしたのだろう。

装備も数も劣るダグラムは次第に追い込まれていった。


優位に戦う一方、クロードの心はすさんでいた。


クリスからの手紙は半年前にバードランド伯爵が心臓の病で急死した時期を境に届いていない。

クリスからの手紙には『父の葬儀に参加をして欲しい』と書いてあった。

クロードも当然ユンカー団長や本国に一時帰国を申し入れたが、クロードの部隊が前線で結果を出していた事や子爵位を理由に戦列から離れる事は許されなかったのだ。


クロードは謝罪と弔いの手紙をクリスとバードランド伯爵家を継いだアークトゥルス様に送る。

アークトゥルス様からは返信を頂けたが、クリスからの手紙は届かなかった。


婚約者を隣で支える事さえ出来ぬ不甲斐なさに辟易としながらも、クロードは前線で戦い続けた。戦争を早く終わらせる為には必要なことだと信じて。


戦時騎士団がダグラム最大の港街を制圧したところで両国の停戦協議が始まった。


最終的な合意には至らなかったが次の会議では妥結が見込める程に両国は疲弊していることは明らかだった。


停戦期間を終え、小競り合い程度の戦闘しか起きなくなって半月。

制圧した港街に王国軍艦が入港した。

そこにいたのは、騎士団の幹部だけでなく、初めて戦場に立つ上位貴族の令息や令嬢たちだった。

王都を出立してから約二年間戦場に立ち続けたクロードには、いいとこ取りをするハイエナにしか見えなかった。


今まで前線を支えたクロード達下級貴族は軍議からも外れ後詰めの部隊となり、ユンカー団長の周りに上位貴族達が陣取り連れてきた補充の兵士や傭兵で重厚な布陣となった。


やるせない気持ちを持ちながらクロードは配置図を確認する。

そこにはクリスの名前もあった。

もう二年間会っていない、手紙のやり取りも途絶えた婚約者だ。

話がしたいと思うが、身分がそれを許さなかった。


布陣完了から三日後、ダグラムの強硬派と平原で激突。

数で勝る王国は大勝する事となった。


しかし、大勢が決した後、統率なき王国軍の無為な殺戮をダグラム最強の将でもあるミルコは見逃さなかった。

功績に欲を出し突出した部隊が強襲を受けたとの報がクロードの元に届いた。

ユンカー団長からの殿としての出陣依頼と共に。


クロードは15人の部隊を引き連れ港街へと逃げる王国軍とは逆走する。


「これじゃどちらが勝ったかわかりませんねクロ隊長」


「ああ。だが相手は傭兵隊長のミルコ殿だ。無理もない」


クロードは溜め息と共に前線まで馬を駆る。

そして美しい白い隊服と鎧をまとう令嬢とすれ違う。

目が合った。クリスだ。しかし彼女は振り返る事はなく進んでいった。


クロードはそれでも彼女の背中を守るのだと決意を固め進む。


ダグラム最後の抵抗である。練度と士気どちらも高いミルコ隊へクロードは突っ込んでいった。


戦場につくと一部の貴族令息は怪我をしている様だが死者は平民の兵士のみのようだ。

「クロード隊到着いたしました。これよりここを受け持ちます」

短く伝えたクロードに負傷した会いたくなかった貴族令息が吠える。

「遅いぞ無能ども!なんのための後詰めなのだ!待て、お前はアーガイル子爵じゃないか!戦場でしか生きられぬ下級貴族よ。早くなんとかするんだ!」

「私どもがここで食い止めます。アルフォン侯爵令息様は本陣へ帰投してください」

「わかっている!だから来たくなかったのだ戦場には」

周りの兵士に刺されるのではとクロードが思うほど悪態をついた男は補助されながら馬で移動を開始する。

ため息と彼のために命をかける絶望はクリスを守る決意に書き換え、クロードは叫ぶ。


「ランド王国遊撃隊クロード隊!ここより先には何人たりとも進ませはしない!」


クロードの名乗りに一瞬怯んだダグラム兵を押し返したクロード隊は陣を張る。

平地でたったの15人の仲間で80人程度の追撃隊を止める事は不可能だ。

クロードはミルコを探した。彼さえ討てばこの追撃戦は終わると踏んでいたのだ。


そして何度目かのダグラム兵の突撃をいなしたところで、ミルコが前に出た。


すぐさまクロードも陣から一歩前に出る。


「誠に高き武勇と聡明さを持つ男だ。敵でなければ友となれただろう」


「ミルコ殿こそ正々堂々を地で行く御方。酒場で会えればまた違ったでしょう」


「はは!お主と飲み交わす未来は楽しいであろうな」


「では剣を収めていただけませんか?直に終戦となるでしょう」


「そうだな。魅力的な提案だ。だがな、武人として戦場に立つ以上降りるわけには行かぬ戦いもある」


「たしかに…ですね。ならば一騎打ちにて決着を付けよう!互いの兵をいたずらに失うのは惜しい」


「あいわかった。ワシが勝てば追撃を続ける。お主が勝てばこちらが兵をひく。それでいいな?」


「ああ。お前たち手は出すな!」


そう叫びクロードは馬を進める。


「手出しは無用」


ミルコも進み出る。


緊張感が高まった戦場に二人の剣戟がこだまする。


8度斬り結んだ末に、クロードはミルコの右腕を切り落とした。


痛みに顔が歪むミルコはそれでも叫び声などはあげない。


「斬れ。若き武人よ。ワシの首はそれなりに高いぞ」


クロードは首を振る。


「俺はあなたの剣の道を奪ったのです。命まで取らされては荷が重すぎます。」


「情けではなくか?」


「はい。それに酒を飲む未来をみたいと思うのです」


「お前は傑物だ。ワシが腕を落とされたと知れば強硬派も何も言えまい。皆の者撤収だ。クロード=アーガイルの名を讃えよ!」


最後の戦が終わった瞬間だった。

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