第5話 ナルヴァの戦い

堅牢な城塞都市ナルヴァは辺境伯の家名を冠する領都で国境警備の要衝だ。


戦時騎士団がナルヴァ周辺に到着したのは王都を立って三日目の真夜だった。


まだナルヴァは陥落していなかったが準備した籠城戦でない以上、軍人は耐えられても民の限界は近いだろう。

早急な救援と掃討作戦を主張したマクミラン伯爵の意向が通り、夜の奇襲戦が始まるのだった。


夜の奇襲ということもあり、騎士団は優勢だ。

ナルヴァを包囲する篝火を目印に兵士達は敵陣へと食らい付く。

夜襲を受けたからなのかダグラム兵士の士気は低い。それどころか報告にあったような最新の装備など持たず非常に貧相で練度も低かった。


クロードは事前情報とのあまりの格差に疑問を感じていた。

『装備は旧式ばかりで、戦い方は前と変わらない。これで奇襲とはいえ辺境伯軍を押し込めるとは思えない』

15人の兵士を率いて遊撃隊部隊長となったクロードは戦線の綻びを補助しながらナルヴァを包囲する陣を攻撃しながら違和感が拭えなかった。


戦局は王国が優位を保ちナルヴァへの道を確保していく。

敵兵は引くことは無いものの、兵士としてのレベルは極めて低い。


様子見をしていた貴族の騎士たちも一般兵士に混ざり掃討を開始していた。

違和感の正体を掴めず開戦から一時間が経過した頃、クロードは中央の部隊が想定より進みすぎている事に気が付いた。


「あの松明の位置はあまりに前に出過ぎている。マクミラン伯爵の傭兵部隊だよな…。もし伏兵が居たらあそこを崩され中央突破を狙われる…か…。まさか。意図があって釣りだしをダグラムはしているのか」


違和感の尻尾を掴みかけたその時、連れている兵士が駆け寄ってきた。


「クロード隊長!妙です。奴ら光聖教の信者であるはずなのに左手に入れ墨がありません」


「まさか…。クロード隊傾注!討ち取った敵兵の左手を早急に確認せよ!」


クロードの号令に部隊が動く。やせ細った死体の左腕には入れ墨など無く、代わりに奴隷の証である二本の線が刻まれていた。


『まずい』

クロードは部下に戦線を維持を命じ、司令部に駆け込んだ。

司令部では、作戦に参加する上位貴族が紅茶を飲みながら各地の報告を聞き悦に浸っていた。

戦況は優勢だとか伯爵様の傭兵部隊は強いだのなんだのと言われており、随分気持ちが良さそうである。


今伝えれば確実に嫌な顔をされるだろうが、気にしている場合では無かった。


「報告致します。右側の敵兵の多くは奴隷であり、光聖教の信者がおりません!敵本隊は伏兵として戦場のどこかに居るものと思われます。一度騎士団の引き締めと索敵のご検討を願います」


クロードの報告にマクミラン伯爵は嗤う。

「子爵どのはどうやら臆病らしい。50の暗殺者を退けた偉大な父君からは騎士道を教われなかったようだ。勝ち戦で引くとは」


「ですが事前の情報と装備があまりにかけ離れております!このまま進軍し伏兵に分断されれば勝ち戦も負け戦となります」


「くどい!爵位が足りぬものは勇気も頭も足りないらしい。ユンカー団長。私と息子の部隊も出陣致します。この臆病者とは違うとお見せいたしましょう。」


嗤いながらマクミラン伯爵は息子とお揃いの白い豪華な鎧で出陣して行った。

クロードは自身の無力を呪い、取り越し苦労であることを願うしかできない。


そんな時、ユンカー団長が話しかけてきた。

「君の意見も一考に値する。厳しい戦局に対応出来る様に遊撃隊は準備をするように。」 


「かしこまりました」


「エンド枢機卿を討つことを期待しているよ」

その言葉を聞いてクロードは疑念を持って部隊に戻る。


『団長は相手がエンド枢機卿と知っている…。こちらからの急襲でまだ相手は名乗っていないはず。軍議で知らせず対策をとらないのは』


額に汗が流れる。


「…。この戦には勝利以外の目的があるのか…。」


不安と疑念を抱えたクロードは部隊に戻り戦線維持に努めた。


しかし、不安は的中してしまう。

戦場最新装備を整えたダグラム軍の猛攻が始まったのだ。


ダグラムの猛攻に一部戦線が崩壊した。

マクミラン伯爵の突出した中央の部隊が狙われ、そこを突破された騎士団は大混乱に陥っていた。

包囲している敵を殲滅していたはずが、いつの間にか中央突破した敵に挟撃され各個撃破されているのである。

クロード達の遊撃隊は本陣に迫るダグラムの突進を弾き返す位置で奮戦を続ける。


戦場はまさに地獄絵図だった。

ダグラムは波状攻撃と同時に奴隷の死体に火を付けているのだ。


人が焼ける臭いと押し込まれる戦況は部隊の戦意を喪失させていく。大きく掲げられた光聖教の宗教旗が敵陣の奥ではためき、自分たちを嘲笑っている様に見え、士気はますます落ちていく。

まさに地獄だった。


「このままだと押し切られる…」

もしこの戦いでナルヴァを解放出来なければ、ナルヴァは間違いなく陥落する。

『やるしかないか』

クロードは突進してきた敵兵を切り捨て、防衛ラインにまで出てきたユンカー団長に進言する。


「団長!遊撃隊は戦場を駆け、あの宗教旗を落としにいきます」


「死ぬぞ?」


「このままでもいずれ押し切られます。なにか変化が必要であり、起こすべき変化はあの精神的支柱を叩き斬る事以外にございません」


「できるのか」


「できるかではございません。やるのです!」


クロードの言葉にユンカー侯爵は笑った。


「よし!行け!お前たちが一番の功績であると見せつけよ」


「はっ!」


その言葉を聞き、クロードは声を張り上げ、部隊の面々に叫ぶ。


「俺に命を預け、共に死地をかけよ!」


皆がいい笑顔で答えてくれる。


「待ってました!地獄駆けだ!」

「行くぜぇ!英雄になるんだ!」

「地獄駆けるんだ最高の土産話だよ」


そんな言葉にクロードも笑う。


「まだ何者でもないさ。だがたった今より英雄とならん」


クロードは叫んだ。


「我らランド王国騎士団アーガイル遊撃隊!押して押して、押して征く!」


走り出した遊撃隊は、一直線に敵本陣を目指す。

押していた相手から急に飛び出した部隊にダグラム兵の対応が少し遅れた。

その時間だけで十分だった。防衛ラインから飛び出して目の前の敵兵を斬り進む。縋る宗教兵士は追いつけず、塞ぐ敵兵は引き倒し敵本陣への突撃する。


そして、2分間の独走と激しい剣戟を超え、たどり着いた宗教旗のはためく敵本陣は突然の招かれざる客に慌てふためく。


「エンド枢機卿お逃げください!」

その言葉を逃さなかったクロードは逃亡を図る宗教家へ斬りかかる。

「神の代理人になんたる事を!貴様は浄化されなくてはならない!」

枢機卿を守る兵が振るう剣は前線にいた兵に比べれば練度は低い。

「王国もそちらも高みの見物とは。そうした階層は変わらんな」

クロードは笑い護衛をいなすと最初の一撃で仕留めそこねた枢機卿の首を跳ねた。


指導者を失ったダグラムの本陣を遊撃隊が落とすには対して時間はかからなかった。

枢機卿の首と宗教旗を引き倒したクロードは宣言する。


「ダグラムから来た侵略者エンドは、このクロード=アーガイルが討ち取った!」


倒された宗教旗と戦場にこだまする声に王国騎士団は沸く。

いつものダグラム兵であれば最後の一人まで戦う為、この名乗りでこちらにダグラムの兵が殺到すると思っていたが、ダグラム兵は綺麗に撤退を開始していくのだった。


流石に騎士団も追撃の余裕は無く、ナルヴァ解放を優先した為に戦闘は終結した。


結果として勝利した王国ではあったが、1000人以上の死者を出す戦略的にはあまりに痛い戦いであった。

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