第4話 帰るべき場所
戦争に行くという事は死ぬ可能性があるということだ。
そのため、家族には遺産や家督などの相続を、婚約者がいる場合は死後の対応や婚約継続の条件について出陣前に話をするのが一般的である。
バードランド伯爵家へ着いたクロードは伯爵と伯爵家嫡男であるアークトゥルス様と今後についていくつかの取り決めを結んだ。
①戦死または子爵の責務を全う出来ぬ負傷をした場合は婚約解消とすること
②生死不明の場合一年の期間安否確認な取れない場合は婚約解消とすること
③経済的相互支援は婚約継続中は行うこと
④共同事業は婚約関係終了時に終すること
以上4点だ。
貴族社会にとって婚姻は家同士の同盟であり、重きを置かれる。
重たい価値があるとされるからこそ、合意を前提とする解消は自由にできるが、一方意思による破棄にはそれなりに制約がある。
この国では両者の合意がない婚約破棄は王家の承認を得て、貴族裁判に持ち込まなければ成立しない。
時間もお金もかかるのだ。
取り決めが無いと未亡人としてでも家に入ってもらうと主張されたり、行方不明のあいだ残された婚約者は身動きが取れなくなる。
戦争に行った婚約者の行方不明を理由とした婚約破棄を申し立てる行為は外聞も悪い為取りにくいだろう。
だから、事前の取り決めが重要だった。
繰り返しになるが、貴族社会にとって婚姻は家同士の同盟である。
『クロード』という存在はアーガイル家の血を引く唯一の存在という点に価値がある。
もし、死んでしまった場合はアーガイル子爵家は後継者不在となり王家に返還される可能性が高い。
返還されてしまう家と同盟を結ぶ必要性は無いし、領地を持たないアーガイル子爵家の当主に重度の障害が残ればいずれ貴族位を失う可能性が高いのだ。
「すまない。騎士の誉れを征く君にこの様な条項を突き付けてしまって」
交渉時とは打って変わって申し訳なさそうな顔をする伯爵にクロードは苦笑いする。
「家族を大切にされている証ではないですか。娘を没落する家に嫁がせたり、下手に宙に浮かせる親よりも好感が持てます」
「君は真に騎士なのだな。君の父を見ているようだよ」
「父の背中は大きく私の腕ではまだ多くは守れません。ですが、私の手が届くならば命に変えてでも守ります」
「流石は我が息子となる男だ。我々はアーガイル家と共にある!気にせず戦ってきたまえ」
「はっ!」
騎士の礼をしたクロードを見る伯爵の目はどこまでも優しかった。
客間をあとにしクリスの待つ四阿へ向かう。
彼女のお気に入りの場所であり、二人で会う時はココがよく使われた。
「クリス。少しいいかい?」
「ええ。クロードにもお茶を」
少し腫れた目は泣いていたのかもしれない。
「明日ナルヴァへと出陣することになった。期間はどれくらいかかるかわからないけれど必ずクリスがいるこの国を…守るよ」
「騎士であるクロードなら出来ます」
「ありがとう」
出された紅茶は好みの味で、2人でお茶会を楽しんだ記憶が蘇る。
「紅茶の好みを教えてくれるまで時間がかかったわ。クロードはどれも美味しいしか言わないから」
「うちは紅茶を楽しむ文化がなくてね。珈琲ばかりだったんだ。クリスがいたから紅茶を楽しめるようになった」
「うん」
二人の間に流れた沈黙は今までの思い出を思い出すには十分な長さだった。
楽しかった思い出、そして守りたい笑顔の為に覚悟を決めたのだ。
「伯爵様と話してきた」
クリスが背中がビクっとはねた。
「厳しい戦いになる。だからもしもの時の話はしっかりしてきた」
その言葉にクリスは、嗚咽を漏らしながら「必ず帰ると約束を」と呟く。
「必ず帰る。手紙だって出すさ」
「返事を書きます。ここが帰る場所であると忘れさせないために」
2人はゆっくりと唇を重ねるのだった。
翌朝、戦時騎士団は王都を出立した。
5000を超える軍勢が向かうのはナルヴァ城塞都市。包囲するダグラム軍を殲滅するために。
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