現在のための【今】と未来のための【今】・2

 カルサイトに問われて、シトリンは頷いた。


「あのゴーレム……でしたっけ? あれの留め具を銃で狙えますか? あ、守護石ではなくって、実弾で」

「あれだけ大きな的だったら、そりゃ当たるだろ。でもあのガキを狙う……それもガキを殺すんじゃなくってゴーレムから落とすんだったら、狙う場所も限られてくる」


 ファイブロライトとやり合う、ゴーレムに乗り込んだジェードを見る。上半身をはみ出させているが、下半身はすっぽりとゴーレムに入っているようだ。

 おそらくは、ベルトで固定しているのだろうが。ジェードをゴーレムから落とすとしたら、ベルトを壊すしかない。

 ジェード自身を狙うよりも、ベルトの留め具を狙うほうが、よっぽど精密射撃を要する。

 ここにトリフェーンがいるならいざ知らず、残念ながら今いるのはカルサイトとシトリンだけだ。ふたりでやるしかない。


「まさかと思うけど……俺とお前の象徴の力を掛け合わせて、精密射撃をしろって、そういうことか……?」


 シトリンは大きく頷く。

 たしかにシトリンは今まで、本当に無意識の内に【確率操作】を使っていたが、今回は訳が違う。

 本当に狙わなければ、銃の精密射撃なんてできやしない。

 カルサイトは、シトリンの頭に手を伸ばすと、三つ編みを下げた頭を撫でた。


「……やるよ。それでゴーレムが止まるんだったらな。どっちみち、あのそっくりさんを返してもらえないと、あの結界の綻びだって修復できない訳だしな」

「はいっ」


 おどおどした、どこにでもいる平凡な少女である。

 でも今の彼女は、エメラルドグリーンの瞳をしっかりと見据えて、ジェードを見ている。

 長いようで短い期間の内に、彼女もただ守られているだけの少女から、成長を遂げていたのだ。

 カルサイトも自身の持っている象徴の力の名を、教えてもらっているとはいえども、使いこなせる訳ではないし、そもそも使っている自覚がなかった。

 だが。今は彼女を信じよう。そして、彼女の信頼に答えよう。

 カルサイトは銃を、ジェードの乗り込むゴーレムに狙いを定めた。蒸気がシューシューと噴き出ていることからして、起動は蒸気機関に頼っているようだが、コントロール自体はジェードに依存している。

 ジェードを突き落とせば、ゴーレムは止まる。

 ベルトの留め具に目を凝らし、上半身と下半身の境の、わずかな隙間を見る。

 少しでもずれれば、ジェードの上半身に弾が当たり、彼が死んだまま、コントロールの利かないゴーレムが暴れまわるという最悪の事態だって起こりえる訳だ。

 ふいに、こちらをファイブロライトが見た。

 彼の金色の瞳が、カルサイトとシトリンの両者を定めると、ふたりの作戦を理解したようだ。

 血が昇って暴れているジェードの位置をわかりやすいように見せながら、ゴーレムと戦いはじめた。

 ゴーレムの腕、キャタピラを蹴ってやり過ごしている動きは、先程よりも切れ味は鈍るものの、カルサイトの銃口が定まった。

 シトリンは手を組んで、カルサイトに祈る。

 カルサイトも、ブレスレットに一度口付けすると、銃の引き金を引く。

 銃弾は場を切って走り、ゴーレムとジェードを繋いでいる、ベルトの留め具へと貫通した。


「なあ……っ!?」


 ジェードはベルトを撃たれたことに気付き、必死で抵抗して足を突っ張らせてゴーレム内に閉じこもろうとしたものの、ゴーレムの動きは激しく、そのままズルリ、とジェードはゴーレムから落ちる。

 彼が尻餅をついた途端、制御の利かなくなったゴーレムが、ジェードを踏み潰そうとする。


「ひ」


 ジェードは言葉を詰まらせた。

 今まで、生き物という生き物をバラバラに分解してきた彼だ。なおかつ、人口生命体のホムンクルスまで生成していた彼は、命というのは、簡単に失われるということを知っていた。いや、知ったつもりになっていたが、実のところなにもわかってはいなかったのだ。

 彼は人に共感できない。なにをしたら人が嫌がるのか、悲しむのか、怖がるのか、本気で理解ができていなかった。

 ──自分自身に、災禍が降り注ぐまでは。

 ゴーレムのキャタピラが、迫る。

 そのとき、ファイブロライトの怪力が、ゴーレムの胴を大きく突き飛ばした。ゴーレムは抗議のように、蒸気をもうもうと吐き出すが、下半身がキャタピラなおかげで、地面を巻き込んでブンブンと動いでも、自力で起き上がることができない。


「シトリン・アイオライト、クリスタル・クォーツ」


 ふいに無機質な声で呼ばれ、シトリンは思わず「は、はい……っ!」と返事をする。

 ファイブロライトはジェードの腕を取ると、そのまま彼をなんの躊躇いもなく、放り投げたのだ……シトリンとクリスタルの元に。

 シトリンは慌てて腕を広げ、クリスタルも冷静に手を伸ばすと、小柄なジェードはそのままふたりの元まで落ちてきて、ふたりはジェードに押し潰されて「ぐえぇ……」と声を上げて引っくり返った。

 カルサイトは、「ああ、そういうことかよ」と言いながら、ブレスレットから守護石を取り出した。

 全てのクリスタルを破壊し、力を蓄積してきたはずの、彼と同じ名前の鉱石。それを銃弾の代わりに銃に仕込み、助走を付けて走る。

 ファイブロライトは走ってきたカルサイトを、その勢いを殺さぬよう、膝を屈めた。

 カルサイトはファイブロライトの膝を踏み台にして跳び、跳躍したカルサイトを、ファイブロライトは投げ飛ばした。

 シトリンは、ジェードに押し潰されたまま、必死に祈った。

 カルサイトは大きくぱっくりと開いた、結界の綻びに向かって狙いを定める。


「なんというか、締まらないよなあ……こういうのって」


 彼は自嘲した。

 世界を救うというのは、もっと感動的なものだと思っていた。

 ヒロインに値するはずのシトリンは、今は敵の子供に押し潰されて地面でへばっているし、使命を与えた巫女も、シトリンと同じく地面で伸びている。

 旅の仲間たちは、今は別行動で、ここまで辿り着いたのかどうかもわからない。

 見守っているのが、敵なのか味方なのかよくわからないそっくりさんなのだから、こんなもの、本として残されたほうも目を通してリアクションに困るというものだろう。

 だが、人生なんてこんなもんだ。

 孤児院出身の、帝国紳士を自称する青年が、世界の命運を握って、今それを果たそうとしている。

 それだけでもう、劇的だ。

 引き金を引く。


「じゃあな……俺の相棒」


 生まれたときからずっと一緒にあったはずの守護石が、虚空に吸い込まれて、やがて結界全体がきらめいた。

 薄い薄い膜が、少しずつ塞がれていくのだ。きっと空を見上げている人々で、なにも知らない人々が、それを怪訝な顔で見ているだろうが……。残念ながら帝都は常に蒸気で煙っている。空を見てもなにもわからないことだろう。

 世界が救われるなんて大層なことは、人々に気付かれないまま終わるというのが、常なのだから。


【これで、この世界の結界は修復されました。旧世界に侵攻されることもなく、異種族の者たちに復讐されることもなく、世界に平穏は取り戻されました】


 クリスタルの言葉に、「なに言ってるの?」とジェードが吐き出した。


「……こっちが何年も計画していたことを、こんな勝手に覆してきてさ。いったいどうするつもりなの? 君たちの手で、勝手に世界を救った気になってさあ」


 ジェードは憎まれ口を叩きながら、むくりと起き上がった。

 もう魔法が使えなくなったせいだろうか、さっきまで立ち上がれないままブルブルと動かしていたゴーレムのキャタピラは止まり、ただ蒸気だけがシューシューと噴き出ている。

 シトリンは起き上がって「あ、あのう……」と声を上げると、ジェードは冷たい目で彼女を睨んだ。


「これから、皆で一生懸命考えるというのでは、駄目なんでしょうか……? その、今度は誰も病気にならない方法で。幻想病の蔓延は、やっぱり駄目です。苦しいですから」

「なに言ってるの、君はそもそも幻想病にすらなってないじゃない。幻想病に疾患することがもうないって、英雄気取りな訳?」

「そういうつもりでは……」


 シトリンは口のよく回るジェードに、身を震わせていたら、地面に「よっと」と着地したカルサイトが、ポカンと彼を殴った。


「痛いっ! なにさ、君なんてそもそもテロリストだろうが」

「お前なあ……余計なことしてくれたなとか、小物みたいなこと言うよりも先に、言うことあるんじゃねえの?」

「テロリストに言うことってなにさ!?」

「じゃあ俺たちはいいよ、別に。でもお前のとこの俺のそっくりさんと、そこのクリスタルには言うべきことがあるだろ」

「そんなもの……」

「なんだよ、お前。『ありがとう』なんて、うちの孤児院のチビたちも言ってるだろうが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る