現在のための【今】と未来のための【今】・1
ジェード・タイガースアイは、元は貴族として名高いタイガースアイ家の三男として生まれた。
貴族として家を継ぐ長兄とも、長兄の補佐となる次兄とも違い、彼にはなにも期待はされていなかった。
ただ家で燻っていてもしょうがないのだから、ひとりで生きていくために教育は施されていたが、彼の家に家庭教師が一年と続いたことはなく、どんなに長くても半年、短かったら一日でいなくなってしまっていた。
そして家庭教師たちは、辞めていく間際に家長に全く同じことを進言して去っていった。
「彼はまともな教育をしたほうがいい。学問所に入れたほうがいい」
ジェードは一介の家庭教師では手に負える存在ではなかったのだ。
虫を見たら、この虫はどうやって生きているのかを確認したくて、手足をバラバラに分解して、その生態を調べた。庭園に糞をしていく鳥も、庭に植えたハーブを荒らしていくウサギも、手当たり次第にバラバラに分解して、その生態を調べていった。
虫ならばいくらでもいるから。
鳥やウサギは害獣だから。
いくら残酷とはいえど、使用人たちは目をつぶり、兄たちも「ジェードがなにかをやっている」程度にしか思っていなかったが。
だんだんそれはエスカレートしていった。
彼は本を読んでいると、ときおり人間が石を持って生まれてくるという供述を見つけると、石を持って生まれる人間と、持たずに生まれる人間の違いを知りたくなったのだ。
「ねえねえ、切っても問題ない人っていない? 浮浪者だったら、切ってもいいよねえ?」
ジェードは自分付きの使用人に、切っても問題ない人間を集めて来いと言い出すようになったのだ。
見かねた執事長が、とうとう家長に言いつけた。
さすがに問題行動が多過ぎるから、彼はきちんとした倫理観を学べる寮制の学問所に入れたほうがいい。このままだと、いずれタイガースアイ家の家名に泥を塗ると。
当時、ジェードはまだ十にも満たない子供ではあったが、家族からは特に期待もされていなかったがために、まともな貴族教育を受けることなく育ち、基本的な倫理観も育まれることなく過ごしていたのだ。
ジェードは帝都から離れた教会付きの学問所に入れられたが、彼は人と付き合って倫理観を育むことはなく、そこで文献を読み漁り、考古学に魅了されるようになっていった。
古代、人間は魔法を使え、それによって森羅万象を操っていたのだという。今の蒸気機関の技術もそれらを元にしてつくられたと知ると、どうして魔法が使えなくなったのか。魔科学はいったいどうなったのかとますます知りたいと思うようになっていった。
その頃にはすっかりと生き物を切りつけて生態を調べる癖はなくなっていたため、傍から見ると倫理観を覚えてむやみに生き物を傷付ける性分じゃなくなったように見えていたが、実際は興味が移っただけで、根本的な部分はなにひとつ変わってはいなかった。
学問所の文献を全部読み終えてしまったが、一番肝心な部分を知る文献がなく、ジェードは帝都に戻りたがった。帝都で一番の学問所でなら文献がここよりも多いはずだし……魔科学の文献も多く保管されているはずだ。
一方学問所も、この稀代の神童をどうにかして勉強させたがり、帝都の学問所に嘆願書を書いた。
かくして、ジェードは帝都に帰り、そこの学問所を卒業するに至ったのだ。
彼の卒業論文を読んだ帝国機関は、卒業しても特に行くところもなく、そのまま学問所で文献を読み漁っていようかと思っていたジェードに、すぐに手紙をよこした。
彼に機密事項に当たる文献閲覧資格を与えるから、代わりに帝国機関で働くようにと。
ジェードはあまり乗り気ではなかったが、あまり表立って姿を見せない帝国錬金機関からの手紙だと知ると、態度を変えた。
そのままジェードは帝国錬金機関で仕事をしながら、機密事項に当たる文献まで読みふけるようになったのだ。
彼の才能に反して、あまりもの情緒の幼さを心配した一部は、彼に上司としてラリマーをあてがった。ジェードはラリマーのことは「先生」と呼んで慕ってはいたが、彼の情緒自体が育つことは、ついにはなかった。
ラリマーの帝国治癒機関への出向、ジェードの帝国諜報機関への出向を持って別れてもなお、ラリマーは彼のことを心配していたが、ジェードはとうとう誰もしてはいけない技術にまで手を伸ばしてしまったのだ。
ジェードは賢者の石の入手のためという名目の元、人工生命体……ホムンクルスの生成まではじめてしまったのだ。
長年の夢だった石を持って生まれる人間と持たない人間の違いを思うままに研究した彼は、それがあまりにも偶発的なものだと知り、心底がっかりした。
その一方で、彼はますます魔科学に対する憧れが強くなっていった。
彼の才能は、帝国錬金機関でますます認められ、彼自身の自信も深まった。
どうでもいい子。なにも継ぐものもなければ、居場所もない子。そう扱われ続けた彼自身のアイデンティティは、錬金術に依存していた。
ラリマー以外、彼の危うさを見て見ぬふりをしたがため、彼自身の増長を止めることもなかったのである。
だからこそ、自分自身の手でつくったホムンクルスである、ファイブロライトの裏切りを、彼は許すことができなかったのだ。
****
ゴーレムが大きく腕を振るうと、シトリンを掴もうとする。シトリンが思わず後ずさると、ファイブロライトがゴーレムの腕を大きく蹴り上げた。
ファイブロライトの怪力をもってしても、弾くので精一杯で、ゴーレムの腕をもぎ取ることも、折ることもできなかった。
「マスター、現在結界修復作業中だ」
「うるさいなあ! ぼくを裏切った癖に! お前なんかもういらないよっ!」
ジェードの吐き出す言葉は、子供のわがままだ。
カルサイトはそんなチビたちの面倒をさんざん見てきたせいで、彼が癇癪を起こしているようにしか見えない。
癇癪を起こした子供の前に、ハサミや銃を置くものじゃない。その子供が乗っているゴーレムだって、古代の魔科学の産物だ。壊すことは無理だとしても、起動停止する方法を考えなければいけない。
ファイブロライトとゴーレムがやり合っているのをよそに、シトリンとカルサイトは顔を合わせ、そしてクリスタルのほうに振り替える。
「なあ、あんたは古代の記憶だって言っていたけど。あんたは象徴の力を使うことはできるのか?」
【無理ですね。私はあくまで、クリスタル・クォーツの残した記憶を元に再構築し、質問を演算で答えているに過ぎません。新しく象徴の力を使うことはできません】
「えんざ……そこはわかんねえけど、なんとなくわかった。記録していることはできても、新規にはできないってことだな。じゃあせめて。俺とあいつの象徴の力は、わかるか?」
【それならば。あなたの象徴の力は【力の増幅】で、今戦っている方の象徴の力は【短期予知】です】
それにカルサイトとシトリンは顔を見合わせた。
シトリンほどに強い象徴の力も、そうそうあるものではないらしく、ファイブロライトの象徴の力はなんとなくわかるが、カルサイトの象徴の力はどう使えばいいのかがわからない。
カルサイトはもう一度クリスタルに尋ねる。
「ええっと……俺の力の使い方がよくわかんないんだけど?」
【ええ。他の方の象徴の力に依存するんです。象徴の力は、自主的に使えるもの、人に影響を与えるもの、人の象徴の力に依存するものの三種類になりますから、あなたの力は誰かの象徴の力と一緒に使わなければ意味がないのです】
「ばっさりと言うなあ……逆に考えるとあれか。シトリンと俺が常にワンセットでいろとはあちこちで言われていたけど、俺の象徴の力で、シトリンの【確率操作】の力を上げていたってことか」
カルサイトはさんざん悩んでいる中、シトリンは「あ、あのう……」とカルサイトを引っ張ると、彼女は「耳を貸してください」と彼に屈んでもらう。
「ゴーレムを倒すことはできなくっても、止められればいいんですよね? あの子を、落とせば止まりますか?」
「そりゃ、あのガキがゴーレムの中に入り込んで動かしているみたいだし……燃料は多分あいつ……だろうしなあ」
ファイブロライトの蹴りが、またもゴーレムの腕を弾いたが、だんだんファイブロライトの動きが鈍くなってきた。
彼が動けなくなったら、はっきり言って詰むのだ。早く決着をつけないといけない。
カルサイトは切り替える。
「それで、なにを思いついた?」
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