ゴーレム部隊

 隠し通路をトリフェーンは、ルビアを抱えたまま走っていた。ラリマーとジャスパー、帝国諜報機関もルビアの指示を聞きながら、このだだっ広い通路の正しい道を突き進んでいく。


「あともう少しで、サンストーンの坑道へと入るはずですが……」


 途端にルビアは顔をしかめて、トリフェーンの肩を叩いた。それにトリフェーンは彼女に顔を向ける。


「どうした?」

「……上層がおかしいです。さっきから、震動が」


 それに皆も天井を見る。土壁がパラパラと砂を落としていく。今までも何度も坑道や洞窟に入ったことはあるが、こんんな経験は今までにない。

 やがて、一か所だだっ広い空洞。そこの天井が激しい音を立てて割れたかと思ったら、砂煙が舞い上がる。

 それに誰もが喉と鼻を抑えて咳き込む中、途端にジャスパーの咳が激しくなった。彼は背中を丸めて、ジャリジャリと鉱石を吐き出す。


「ジャスパーくん!? 今日の分の処方は既に終わって……」

「ゲホッ……そのはずなんだけど……なんか近付いてくる奴のせいかなあ……咳が全然止まらな……ゲホッ」


 両手ではもう抑えられないくらいに、鉱石が零れていくジャスパーに、ラリマーは顔をしかめた。

 トリフェーンが銃をかまえ、帝国諜報機関もまた、銃をかまえた先に。

 奇妙な高温を吐き出すものが、砂煙の中から出てきた。

 それを見た途端に、ルビアが悲鳴を上げた。


「……ゴーレム! こんなものまで起動させるなんて、罰当たりにも程があります……!」

「……古代の魔科学の産物だったか。一部の錬金術師がやけに躍起になって研究していたと思うが。あれはなにがそんなにまずいんだ?」


 トリフェーンは銃を向けながら、継ぎ目の細さに目を細める。なにでできているのかはわからないが、錬金術師が研究していた金属だとしたら、今使っている銃弾では打ち抜けるほどの威力がない。

 トリフェーンが試算している中、普段は穏やかなルビアが幼い頃を思わせるほど、焦った声を上げる。


「まずいなんてものじゃありません。あれは……異種族掃討に使われた兵器です。それが原因で、巨人族も妖精も、未だに人間を許していません。何百年も対話が拒否されているんです。本当に最悪な事態ですが……もし結界が破られれば最後、力が弱体化している巨人族も妖精も、今度こそ人類を滅ぼそうとするでしょう……もうこの時代にほとんどの人は、魔法なんて使えないのに」

「それまずいじゃん。せめてゴーレムを使わない、使えないって示さなかったら、矛先を収めてくれないんじゃないの?」


 ジャスパーがゲホゲホと鉱石を吐き散らしながら、口元を拭ってゴーレムを見る。

 ゴーレムはなにやら唱えはじめたので、帝国諜報機関が慌ててなにかを放り投げた。煙幕手榴弾で、再び辺りは曇る。

 ラリマーはラリマーで困惑した顔をしている。


「……自分もゴーレムの解析を手伝ったことはありませんが。あれは魔法を圧縮させていたのでは……」


 ルビアから文献を読ませてもらった程度のことは知っているラリマーが尋ねると、ルビアは頷く。


「今のところ、この世界には魔法を保存できるだけの金属は存在していませんから、ゴーレムの真価である魔法を圧縮して解放することはできないはずです。ただ、あれは剛腕で、人間の腕では対処できないはずです。動かしているのは蒸気機関でしょうね」


 シュコーシュコーと蒸気を吐き出すゴーレムに、皆が目を細める。

 煙幕手榴弾のおかげで時間は稼げてはいるものの、いつまで時間を稼げるかがわからない。

 これをどうこうしない限りは、サンストーンにまで行けない。しかも。

 トリフェーンが耳を澄ませる。天井から気配がするのだ。


「……あくまで俺たちをサンストーンに入れたくないらしいな。ゴーレムを大量に送り込んできた」

「あんなのどうすんの……! 見た感じ、銃だとちょっと壊せないよねえ……古代兵器の壊し方なんて、知らないし……」


 ジャスパーが頭を抱えている中、ふとルビアがジャスパーの近くに座り込んで、彼が吐き出している鉱石を拾い上げる。それにジャスパーが「わあ!」と悲鳴を上げる。


「やめなよ、ルビアさん。汚いよ!」

「……いえ。もしかしたらこの面々でだったら、壊すことはできずとも、なんとかなるかもしれません。今ここが結界の綻びの間近であり、もっとも象徴の力の行使が可能な場所なら」

「象徴の力って……昔の魔法の呼び方?」


 まだわからないという顔をしているジャスパーに対して、ラリマーは察したらしい。


「ジャスパーくん、君。吐いた鉱石はいつものように袋に溜めていますね?」

「ええ……? うん。でもこんなのどうすんのさ。賢者の石だあってことで、まさか爆発でもさせるつもりなの?」

「こんなところで爆発させたら、我々全員地盤落下で潰れておしまいですよ」


 賢者の石は、守護石と同等のもの。

 本来はジャスパーの手持ちになるはずだった守護石が体内に残ったまま、あらゆるものの拒絶反応となって幻想病という形で表に出た存在。

 しかし、咳でジャスパー本人を悩ませることはあれども、本来は宿主を守るもの。そして。

 ジャスパーの守護石は、彼の名前の鉱石と同じ力を関する。ラリマーは「トリフェーンくん」と呼ぶと、ちらちらとゴーレムのほうを眺めながら、皆の元へと戻ってきた。


「……どうする算段か決まったか」

「ええ。銃弾の代わりに、この鉱石を使ってください」


 碧色のツルリとした鉱石を差し出されて、トリフェーンは目を細めてラリマーを見つめ、ルビアとジャスパーにも視線を送る。

 ルビアは頷いた。


「ジャスパーくんのものだから、大丈夫です」

「えっ、おれ全然意味がわからないんだけど、トリフェーンはわかる?」


 正直トリフェーンも理屈はわからないが、錬金術師のラリマーと神官のルビアがやれと言っている以上、なにかしらの理屈は通っているのだから、信じる他ないだろう。

 弾のようにジャスパーの鉱石を詰め、そのまま煙幕が晴れるのを待つ。やがて、あの無機質なツルリとした胴体が姿を見せた。

 トリフェーンは銃口を向ける。


「ルビア、ゴーレムのどこを狙えばいい?」

「頭部です」

「……貫通なんてするのか? こんなので」

「いえ、貫通なんてしなくっても、充分ですから」


 わからん。さっぱりわからん。

 そう思いながらも、引き金を引いた。

 そのときだった。

 銃口から飛び出た石が、強く光ったのだ。


「ルビア、どういうことだ?」

「はい。幻想病により吐き出された石は、本来は宿主を守るために反応を示します。それは幻想病で蒸気機関を携わってきたジャスパーくんの石も同じこと。守ろうとする行動に出たら、結界の綻びに近いここでだったら、象徴の力が発動するのではないかと思いました……もっとも、ジャスパーくんはあくまで技師ですから、トリフェーンの腕を借りなかったら使えない手でしたが」


 途端に、ゴーレムたちの動きがおかしくなった。さっきまではくっきりとした意思をもって行動していたがの、ギギギと鈍い音を立てて、それぞれのゴーレムがぶつかりはじめたのだ。そのおかしな行動に、ジャスパーは唖然とした顔をして、指を差した。


「あのさあ、おれの象徴の力って、なんだったの? 全然意味がわかんないんだけど」

「ジャスパーくんの力は、たしか【自律制御】だったかと思います」

「あははははは……」


 ジャスパーは乾いた声を上げて、ゴーレムたちが自ら山になっていく様を眺めていた。


「おれ、魔法の使える時代に生きてなくってよかった……これ絶対に悪用されて、幽閉監禁されている奴じゃん」

「多分、古代にはもうちょっとましな制御方法があったと思うんですけどねえ」


 ジャスパーとルビアのやり取りを眺めながら、ラリマーは背中に冷たい汗が浮き出るのを感じていた。

 古代兵器を、本当にあっという間に無効化させてしまった。

 錬金術師たちの一部が、魔科学に執着する理由が理解できたからだ。だが、こんなもの。

 既に制御方法すら失われている現代では、戦争の道具にしかならない。それどころか今は距離を置いている異種族の傷口に塩を塗り込んで、その異種族に襲撃を受けてもおかしくない代物だ。

 ……こんなもの、即刻封印してしまったほうがいい。

 シトリンとカルサイトは無事だろうか。そう願いながら、一行は上を目指した。

 もうすぐ、サンストーンに到着できる。

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