封印技術
ロードナイトの皇居地下に存在している、円卓会議場。
さすがにこの場では帝国工業機関のつくった集音機も機能せず、書記だけがこの場での会話内容を記録している。
本来ならば帝国機関の全ての機関が集合して会議が執り行われるが、皇帝は現状敵が多い。故に懐刀である帝国諜報機関と帝国近衛機関、そして教会への出向者と教会の人間により、会議が行われていた。
ルビアは努めて冷静な顔をしつつ、何故自分がこんな場所に呼ばれたのだろうと思いながら、辺りを見回していた。
帝国において、宗教はほとんど役には立たない。
教会もそのほとんどは孤児院としての役割以外は果たしておらず、大規模な教会は帝都スフェーンにすら存在せず、隣国ほど教会の勢力も発言力も大きくはない。
「今回は皆、ご足労願い感謝する」
皇帝の朗々とした声に、全員が頭を下げた。
病の療養のために帝都から離れていると聞いていたが、彼のどこに療養の必要があるのかは検討が付かない。幻想病の症状である、体の不調や喘息などの様子も見受けられない。ルビアはそう思いながら、鋭い金色の眼光を浮かべる若い皇帝を盗み見た。
「前置きは時間の無駄ゆえに、要件に入る。つい先日、帝国において封印技術に指定していた遺産が盗難にあった。本来ならば何百年も昔の産物ゆえに、現在では起動することすらかなわぬから形だけは捜査を行うが、優先順位は低いものであった。だが事態が変わった」
その言葉に、帝国諜報機関の面々も、帝国近衛機関の面々も顔色を変えた。
それが原因か。とルビアは察する。
この場に、本来ならば有識者として呼ばれるはずの、帝国工業機関の人間も、帝国錬金機関の人間も、それどころか帝国機関に所属してない錬金術師すら呼ばれていない。
皇帝は封印技術の盗難を、錬金術師だと暗に断定しているのだ。
「続いて、先日デュモルチェライトから報告が上がった。本来ならばこちらもまた優先順位が低いものであったが、封印技術の盗難事件と相まって、捜査の優先順位を上げることとなった。この件については、教会の神官たちに意見を求めるものとする」
皇帝が部下たちに指示をして、中央の映写機を操作させ、天井をスクリーンにして写真を写し出した。
そこに浮かんだのは、空に薄い皮膜が存在し、それに明らかにひびが入っている映像であった。
ルビアはそれを見上げると、意を決して口を開いた。
「……こちらは教会に残っている資料に寄るものであり、帝国に残っている資料とは若干異なるかもしれないことを、あらかじめお伝えいたします」
「前置きはいい、要件だけ述べよ」
皇帝に促され、ルビアは頷いた。
「この撮影されたものは結界の綻びでしょう。大昔、世界が危機に瀕した際に、世界を守るために、結界により旧世界と新世界と分断されました。この結界はその綻びです」
「……この結界が破かれた場合、世界はどうなる?」
「世界に魔法が復活しますが、おそらくは封印技術と呼ばれるものの封印も解除されるかと思われます。ですが、魔法が復活すれば、現在この世界において魔法に耐えきれるだけの器が存在しておらず、どんな損害が起こるかは、錬金術師ではない私にはわかりかねます」
「器というのは?」
「魔法を物質に保存することで、それを魔科学と呼んで誰にでも扱えるようにしておりました。たとえばランプにろうそくの代わりに、魔法の光を保存していたのです。大昔には魔法を保存するためにオリハルコンやミスリルなどの鉱石が存在していましたが、現存技術ではそれらを生成することは不可能です。これらを生成する方法もまた、魔法によるものでしたから」
「なるほど……錬金術師たちがやけに賢者の石の生成に執着していたのは、それらをオリハルコンやミスリルの代わりにするつもりだったのか」
それこそ無理だ、とルビアは思う。
この世界における賢者の石は、オリハルコンやミスリルなど失われた技術によりつくられた金属とは程遠い、人の守護石なのだから。
皇帝が告げる。
「……盗まれた封印技術が行使され、世界の結界が破られたとき、世界がどう作用するかはわからない。帝国諜報機関及び帝国近衛機関は、至急封印技術の奪還に当たるよう手配をするように」
「了解しました」
「それと、神官に尋ねる」
皇帝はじっとルビアを眺める。
「単刀直入に尋ねる。この一連の出来事に、明らかに一般人が巻き込まれているが。暁の明星団の行いは、帝国に混乱を招いてはいるが、幻想病の根絶という使命を見れば一連の行いも納得できる。だが、あの一般人は?」
おそらくは、帝国諜報機関が撮影したであろう写真には、おっとりとしたシトリンの顔が写っていた。
ルビアは彼女の写真を見ながら、小さく首を振る。
「彼女は、帝都にいればいずれ帝国錬金機関にさらわれていました。それは彼女の故郷でも同じことです。まだ、暁の明星団と行動を共にしていたほうが、彼女の安全だと判断しました」
「それはいったい……? こちらに届いた報告書の内容が、どうにも飲めないのだが」
そう言いながら、皇帝は眉を寄せて、長い報告書をルビアに見せてきた。この筆跡はラリマーによるものだろうと思いながら、彼女はそれに目を通した。
この場にいるのは、皇帝の味方であり、ただの好奇心により世を乱そうとする者はいないだろう。
そう思い、覚悟を決めてルビアは口を開いた。
「結界の修復が完了する前に彼女が捕らえられれば、結界は問答無用で破られます」
****
カルサイトの荒くて猛スピードの運転が、荒くて普通の運転に戻った頃、シトリンはようやくよろよろと彼の後方の席に戻ってきた。
「あ、あのう……もう、帝国機関の人たちは……」
「わっけわかんねえな。あいつら急に落ちたからな」
「急にって……あのプロペラ飛行機が、ですか……?」
「あのそっくりさんもいきなり屋根から落ちたし。脈絡がなさ過ぎて訳がわからなかったけど、まあ無事だからよかった」
「そう、ですね……」
シトリンは服を整えてすっかりと見えなくなった賢者の石に触れる。
もし真昼に賢者の石が光ったのなら、気のせいとか日のせいとか思えたのだろうが、シャッターすら閉め切った寝所で光ったのなら、もうそれはただの気のせいではない。
思えば、おかしいことは続いていた。
あまりにも、シトリンにとって都合がいいことばかりが続いていたのだ。自分には力がない。自分にはなにもできない。そう思っていた割には、彼女の思うようにことが運んでしまっていた。
「あ、あのう……カルサイトさん」
シトリンがおずおずと隣に、座席にしがみつきながら言うと、カルサイトがちらっと彼女に視線を向ける。
小柄で華奢な少女が、いつも以上に縮こまって座っている。
「……おかしいって、思いませんでしたか? 私とカルサイトさんが出会ってから……今まで……全部、都合がよ過ぎるって。私、いろんな人に言われたんです。私が持っている力は、絶対に知るなって。私……知らないままでいいって言われたけど、その力のせいで、気持ちが悪いことが続いているのかなと思ったら……」
「んー……自分に都合のいいことが続いたら、それってそんなに気持ち悪いことなのか?」
カルサイトの言葉に、シトリンは「えっ?」と目を瞬かせる。
「お前がなにをそこまで気に病んでるのかはわかんねえけど、ポーカーでずっと勝ち続けたら、そりゃただギャンブラーとして名を馳せるだけだろ。ポーカーでずっと勝ち続けるのなんて、運を味方にしないとどうにもならねえんだから。お前は自分の出自のせいで、出来過ぎることを気持ち悪がってるだけで、運が左右することなんていくらでもあんだろ」
その言葉に、シトリンは目を見開く。
カルサイトは孤児であり、それなりに悲惨な目に遭ってきたが、それでも不運を嘆くような真似だけは絶対にしたことがない。
彼が当たり前のように言う言葉は、決して当たり前なことでないと、彼自身が自覚しているのだ。
「運がいいのが強さなんて、最強だろうが」
そう言い切った途端に、シトリンの瞳が決壊した。
「って、どこに泣くとこがあったよ!?」
「す、すみませんっ! ただ……嬉しかっただけです……」
「そっかそっか」
カルサイトは操縦桿から手を放そうかと思ったが、止めた。
サンストーンに着いて、全てが終わったときに、思いっきり頭を撫でればいいだけの話だ。
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