再来と襲撃そして

 カルサイトとシトリンが車を走らせて、必死で崩れたオブシディアン洞窟から脱出を謀っているいる間も、スフェーンの下町は牧歌的な空気が漂っている。

 その日もルビアは孤児院のボランティアの人々と一緒に洗濯物を干し、子供たちの世話に追われている中。


「失礼する、この教会の神官、ルビア・ローズクォーツ氏はいるか?」


 その声は明らかに、教会に祈祷にやってくる信者とも、孤児院に寄付にやってくる貴族とも質が違うことに、ルビアはすっと目を細めた。


「ルビアさん、どうしますか? あれは帝国機関の者では?」

「……申し訳ありません、少し早いですが、子供たちのお昼寝を任せてもよろしいですか? 応対してきます」

「危険ですよ。今はラリマーさんもカルサイトさんも……」

「あら、私も昔はお転婆だったんですよ。これくらい問題ありません。私が戻らない場合は、ラリマーさんとの連絡はお任せしてもよろしい?」


 ボランティアに紛れ込んでいる暁の明星団の団員にそう伝えると、ルビアはいつもの凛としたたたずまいのまま、孤児院の入り口へと向かった。

 彼女の着ているトゥニカの下には銃が仕込んであるし、ウィンブルの下にはナイフが仕込んである。

 いくら蒸気に紛れて、帝都の入り組んだ路線と一緒になっているため、路線を辿れば教会の地下にある路線だとわかってしまうが、それでもどうして暁の明星団のアジトが堂々と存在できたのかというのは他でもない。教会の神官であるルビアが、門番となって立ち塞がっていたからである。

 ルビアが出迎えた先には、スーツにコートという、典型的な帝国機関の男性であった。トリフェーンと同じく、帝国諜報機関の人間であろう。


「なにかございましたか?」

「ルビア・ローズクォーツ。貴公に召喚に応じてもらいたい」

「あら、困りましたね。孤児院を留守にしたら子供たちが困りますし、教会を留守にしたら信者さんたちが困ってしまいますわ」

「皇帝陛下の命であってもか?」

「……あら?」


 ルビアは目をパチリとさせた。

 帝国機関が一枚岩ではないということ、皇帝が養生のために帝都を離れていることくらいは新聞を読んで知ってはいたが、わざわざ皇帝が帝都の下町で質素に教会を営んでいる神官を呼び出す意味がわからない。

 そしてこの帝国諜報機関の人間もまた、他の機関が集音を行って情報収集していることを知っているのだろう。言葉は短く、そしてルビアにメモを見せて説明した。

 ルビアはざっと目を通すと、それを口の中にくしゃりと入れた。インクの苦い味に顔をしかめながら飲み込むと、「わかりました」と言う。


「私、着の身着のままで問題ありませんか?」

「遊びでも観光でもない。同行願おう」

「本当に、帝国諜報機関の方ってそんな人ばかりですね」


 いつもしかめっ面の幼馴染は無事だろうか。地図の通りに事が運んだのなら、既に最後のクリスタルまで到達しているはずだが。

 ルビアは帝国機関の男性に案内され、帝国機関の専用路線に配備された列車へと乗り込む。ほとんど揺れを感じることのない列車に感心していたら、帝都の出口が見えてきた。

 この先は、皇帝の住まうロードナイトであろう。


****


 カルサイトの荒っぽい運転で、車は左右上下にブルブルと震え、シトリンはシートベルトをして、それから必死に座席の手すりにしがみついていないと車内でべしゃんと体を打ち付けてしまいそうなものだった。


「あ、あの……これから、サンストーンに向かうんですよね?」

「ああ、そのつもり。どっちみち、ここから先は帝国錬金機関の連中に捕まらない内に、さっさと守護石を投げ込んで結界を修復させないといけないからなあ」


 軽い口調で言っているが、カルサイトも本当ならば洞窟で置き去りにしてきた皆のことが気がかりなのだろう。

 ちゃんと脱出口まで辿り着けたといいが。

 それはシトリンも同じ気持ちなのだから、よくわかる。


「皆さん、無事だといいですよね」

「まあ……俺たちも逃げ足だけは一品だったからなあ。どう転ぶかは全然わかんないわ」


 そうまたも軽い調子で言ったところ、カルサイトの緩んでいた瞳が吊り上がる。途端に車のスピードがまた上がった。シトリンは前につんのめりそうになりながら、必死で手すりにしがみつく。


「あ、あの!?」

「頭伏せとけ」


 そう言って、カルサイトは大きく操縦桿を動かす。途端に車はさっき以上に大きく車体が傾く。シートベルトがなかったら、シトリンは座席から落ちて尻餅をついているところだった。

 こちらに向かって、なにかが飛んできたのだ。

 こんな展開は、何度も何度も見てきた。

 スピードを上げて飛んできたのは、プロペラ飛行機だ。プロペラ飛行機についた機関銃が、情け容赦なく打ち込んでくるのを、カルサイトが車をジグザグに走らせることでよけていくが、舗装された道がたちまち蜂の巣になっていくのに、シトリンはぞっとした。


「て、帝国機関、ですよね……!?」

「あいつら、俺らを殺す気かよ……今までは生け捕りの方向かと思って楽観してただけどなあ」

「そんな呑気な!?」

「別にのんびり構えて訳でもないけどな。舌噛むなよ」

「わかってます、わかってますけど……ひゃっ!」


 どんどんと荒くなるカルサイトの運転に、プルプル震えながら、シトリンは手すりにしがみつく。

 プロペラ飛行機も何度も何度も機関銃を打ってきたが、カルサイトが無駄打ちさせたせいか、とうとう機関銃の音が止まった。

 シトリンは「はあ……」とひと息ついたが、次の瞬間だった。

 なにかが車の屋根に振ってきたと思ったら、ガンガンと屋根を壊しにかかってきた。それにカルサイトは「ちっ」と舌打ちする。


「あ、あの……屋根になにか……」

「あのそっくりさんかよ……シトリン、お前後方に逃げろ。鍵しとけよ」

「壊されたら……!」

「そっちには行かせねえよ。いいから」

「は、はい……!」


 シトリンは涙目でシートベルトを外すと、荒い運転のせいでまともに立てない中、四つん這いで後方の寝室へと逃げ出した。

 寝室のほうの窓のシャッターを降ろし、寝室のドアの鍵を閉める。屋根は相変わらずガンガンと壊す音が響いてきて、怖くて三段ベッドの一番下のカルサイトの場所に転がると、布団をかぶって震える。

 だんだんとシトリンの胸が痛んできた。


「……なに?」


 これが痛むのは、危険を伴うときだ。でも危険を伴わないときでも痛んだときは、たしかあった。

 デュモルチェライトで持っていかれてしまったクリスタルを交換してもらおうと交渉するために、代わりの賢者の石を漁っていたときも、何故か大きく痛んだ。

 シトリンは魔法が使えると、ベリドット鉱山にグノームもラリマーも言っていたが、使える魔法のことについては教えてくれなかったが。

 もし屋根が落ちてきたらどうすればいいのだろう。今、カルサイトが飛んでいるプロペラ飛行機とカーチェイスしながら、屋根の上にいる……おそらくはファイブロライト……人間と対峙しようとしている。

 今は戦えるトリフェーンも、作戦立案ができるラリマーも、とっさの機転が利くジャスパーもいない。いくらなんでも無理だ。

 シトリンは自身の胸元を広げると、賢者の石に触れる。


「私には……魔法の使い方なんてわからないけど……お願いだから、カルサイトさんを助けて……」


 いくらなんでも他力本願が過ぎるとはわかっている。こんなところでご都合主義が効くなんて思ってはいないが、それでも祈らずにはいられなかった。

 途端に、シトリンから生える淡い黄色の石が一瞬光った。


「……え?」


 シャッターを閉めている以上、ここに光が入る訳がない。途端に、屋根の音が消えたことに気付く。シトリンは薄くシャッターを開いて、シャッターと窓の隙間から外を覗き込み、唖然とした。

 ファイブロライトが、屋根から落ちたのだ。

 いくらなんでも、ありえない。

 彼の運動神経のおかしさは、何度も彼にさらわれたせいで、シトリンは身をもって知っている。彼女は思わず自分の胸元を見た。


「……あなたが? 私……」


 自分がしたことだとはどうしても思えず、シトリンはただ賢者の石に触れていた。

 賢者の石は、なにも答えない。

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