封印再臨
オブシティアン洞窟の隠し通路を、トリフェーンが先行し、それにラリマーとジャスパーがついて走って行っていた。
この洞窟は音が響かない。ただ赤外線ゴーグルを付けて、急いで走らなければ洞窟の砂煙で視界がやられ、最悪置き去りにされてしまう。
おまけに既にクリスタルからもらった地図は、なんの機能もしなくなっている。全てのクリスタルの破壊が済んだからだろう。だから、ただゴーグル越しの視界だけを頼りに、突き進むことしかできなかった。
「……カルさんとシトリン、ちゃんとサンストーンに向かえてるかな」
ジャスパーが息が切れそうになりながらも、軽く言う。走りながらラリマーは穏やかに言う。
「大丈夫だと思いますよ、おふたりは」
「だといいがな。カルサイトが余計なことを言って、ミズ・アイオライトを沈ませなければいいが」
「カルサイトくんも言葉を選ぶときと選ばないときとありますが、大丈夫でしょう」
三人がそう、いつもの調子でしゃべっている中、急にトリフェーンは腕を上げて、ふたりに静止をかける。
「えっ、なに……」
ジャスパーがまたも軽口を叩こうとしたのに、トリフェーンが素早く彼の口を塞ぐ。
彼の行動に、ラリマーも眉を寄せる。
この隠し通路は、ルビアに教えてもらったものであり、そもそもこの通路のことは教会関係者以外は知らないはずだ。まさか、帝国機関が既に教会関係者を篭絡していたのか……そこまで考えたとき、トリフェーンが銃を、通路の先に構えた。
「……何者だ」
鋭いトリフェーンの声に、馴染みのあるアルトの声が答えた。
「……申し訳ありません。驚かせてしまって」
そこにいたのは、トゥニカを纏い、ウィンブルを被った神官……ルビアであった。
彼女は帝国諜報機関と共に、立っていたのだ。
トリフェーンが目を細めて、ルビアと顔馴染みを交互に見る。
「いったいどういう了見だ?」
「トリフェーン、今皇帝陛下とお話ししてきたところです。先回りしてサンストーンに向かわねばならないから、こうして私が出てきたんです」
「……手短に話せ」
トリフェーンとルビアの会話は、あまりにも簡略化され過ぎていて、傍から聞いていて、訳がわからない。
ジャスパーは困ったような顔で、ラリマーを見る。
「ええっと……おれたち、一応帝国機関と敵対してたんじゃなかったっけ? だからわざわざトリフェーンは有休を取って帝国機関から離れてた訳で」
「帝国機関も一枚岩ではありませんから。帝国錬金機関のように表立って活動しないところもあれば、帝国諜報機関のように皇帝陛下第一で動くところもあるという話です」
「つまりは……?」
「おそらくですが、ロードナイトでトリフェーンくんは独自で動いて、皇帝陛下に結界の修復について進言していたということでしょう。あの場には帝国錬金機関も動いていましたが、あそこには帝国諜報機関や帝国近衛機関も牽制していましたから、いつものように他の機関を操って独自行動を取ることが叶いませんでした。その隙を突いたのでしょうね」
「ええー……それだったらもっと前から教えてくれたらよかったし、せめてラリマーさんの指名手配を解いてくれてもよかったんじゃないの?」
ジャスパーがげんなりとした声を上げるものの、当の本人のラリマーはあまり気にしてない様子だった。
「いえ、充分ですよ。それよりもルビアさんがわざわざ帝都から離れてきたことのほうが気にかかるのですが……」
「孤児院は暁の明星団の皆さんと帝国諜報機関の方にお任せしましたから、子供たちが人質に取られることはないと思います。それに、隠し通路のことを記録している教会も、神官文字を継承している神官も限られていますから、私も外に出るしかありませんでした」
ルビアはくるりと背を向けると、そのまま走りはじめた。それに皆は倣う。
まるでルビアはこの地が庭かのように、通路に触れて、新しい道を開示していく。普通に歩いていたらまず無理な道も、彼女を先頭にしていれば簡単に隠し通路が出てくるのだ。
「……サンストーンで、帝国錬金機関が動いています」
「それは織り込み済みだが。カルサイトも、そのことは念頭に入れて、あちらに向かっているはずだ」
「ええ、カルくんだったら、いつものようにさっさと出し抜いてサンストーンに潜入しようとしていると思いますけど……ただ、皇帝陛下とお話しして事情が変わりました」
「……いったいなにを話してきたんだ、陛下と?」
ルビアが新しい通路を開示する隣について、トリフェーンが彼女を見下ろすと、ルビアがほんの少しだけ塞いだ顔をする。
普段から教会にやってくる人々を安心させる笑顔を浮かべている彼女からは、本当に珍しい顔だ。
彼女の迷った顔は、トリフェーンとカルサイトしか、もう覚えているものはいない。
「簡単に言うと、シトリンさんが危ないです。彼女が今捕まってしまっては、なにもかもが終わります」
ルビアの言葉に、トリフェーンは困ったように眉を寄せる。それはジャスパーもだ。
普通に普通を重ねた彼女が、何故そこまで重要なのかは、ふたりともわからないのだから。
しかしラリマーは違う。
「どういうことですか? 彼女はたしかに魔法を行使している可能性はありますが……」
「……帝国錬金機関が、帝国から封印技術を盗み出しました。シトリンさんを、それの動力源にするつもりです……もう、この世界には魔法に耐えきれる鉱石は存在しないんですが、それだけは例外なんです。あんなものを使われてしまったら……世界が終わります」
ただでさえ、話が大き過ぎて、全てを飲み込めた訳ではないが。今まで以上に現状が深刻だということだけは理解した。
疑問を一旦脳裏に沈め、現状打破へと気持ちを切り替える。
トリフェーンはルビアをひょい、と抱えた。それに彼女はピクリと反応する。
「トリフェーン! なんですか!」
「貴様は足が遅い。指示しろ。それでここを突破できるなら」
「……あなたは! いつもいつも!」
ルビアが顔を真っ赤にして、トリフェーンの肩を叩き出したのを、ジャスパーは呆れた顔して、ラリマーを見た。
「前々から思ってたんだけどさあ、ルビアさんとトリフェーン、距離感おかしくない? それとも、幼馴染ってこういうもんなの?」
「単純に、子供返りしてるだけでしょ。ふたりとも、互いの距離感なんて自覚がないと思いますよ」
現状ではこのふたりの問題よりも、車で移動しているカルサイトとシトリンに先回りすることのほうが先だろう。
ふたりの背中を追いかけること以外、できることはない。
****
だんだん、見覚えのある岩だらけの街並みが近付いてきた。
「シトリン、胸の石は問題ないか?」
カルサイトに声をかけられて、シトリンは頷く。相変わらずの荒い運転のおかげで、シトリンは車酔いしてしまっていたが、胸の痛い痛くないくらいはわかる。
岩砂漠の向こう、そこに炭鉱の町サンストーンがあり……クリスタルが待っているはずだ。ここにカルサイトの守護石を投げこめば、全てが終わる。
あと少しだ。そう思っていたが。
「……く、はあ……っ!」
シトリンは全身を駆け巡る激痛で、一瞬呼吸ができなくなった。それにカルサイトはブレーキをかけて、シトリンを抱き起こす。
「おい! いきなり……どうしたんだ!?」
「い、痛い……っ、なにかが……すごい勢いで……っ」
心臓を掴まれたように、全身を引き裂かれるように、体中のスイッチを滅茶苦茶に押されたかのように、シトリンの体を駆け巡る激痛には脈絡がない。
ただひとつわかるのは。
今まで、危機が迫ると痛みで教えてくれた賢者の石が、シトリンをバラバラに分解してしまうほどの痛みを与えてくるということ。未だかつてない危機が迫っているということを、賢者の石の宿主であるシトリンに教えているということだ。
逆に言ってしまえば、ここで気絶してしまったほうが、彼女にとっては幸せなのだが、気絶するほどの痛みには及ばず、結果的に彼女をいつまででも痛めつけているということだ。
カルサイトは彼女を抱き寄せ、息ができない彼女に、どうにかして息をさせようと、唇を奪う。何度も何度も、唇に舌をねじ込んで、呼吸を落ち着けさせたとき、どうにか彼女の呼吸は正常になってきた。
彼女が少しだけ落ち着いたのを確認してから、カルサイトは自身のジャケットを彼女にかけてやり、椅子に横たわらせる。
銃を取ると、窓の外を見回す。
彼女が呼吸ができなくなるほどの痛みを与えた存在が、この近くにいるはずなのだから。そのとき、地面が小刻みに揺れはじめたことに気付いた。
──守護石シトリン発見
空気を震わせる声には、抑揚がない。カルサイトそっくりなホムンクルスよりも人間味のない声に、カルサイトは顔をしかめたとき、ありえないものがこちらまですごい勢いで走ってきたことに気付いた。
それは、カルサイトたちが乗ってきた車よりも大きく太い。シュコーシュコーと蒸気を噴き出しているのだから、それは蒸気機関なのだろうが、それにしては得体が知れない姿をしていた。
頭部は絵本に出てくるような兜をかぶり、胴と腕は甲冑のようなものに包まれている。まるでそれは、蒸気機関で動く、人形に見えるのだ。
その腕が急に伸びたかと思ったら、カルサイトたちの乗っている車めがけて飛んできた。
窓のフレームはえぐれ、ガラスは破れたと思ったら、カルサイトが寝かせたシトリンを、問答無用で掴んだのだ。彼女を掴む手は、明らかに彼女を丁重に扱う気はなく、シトリンは「ギャッ」と悲鳴を上げ、口からダラダラとよだれを流す。
「シトリン! てめ、シトリンを離せ!」
──守護石シトリン確保、コレヨリ帰還スル
カルサイトは無理矢理人形の手にしがみつくが、手が彼女を離す様子はない。そのまま人形は、蒸気を吐き出し、カルサイトを引きずったまま、走り出した。
必死でしがみ付かなければ、落ちるほどに。そしてこのスピードで地面に突き落とされれば死ぬということはわかるから、こちらも必死だ。
シトリンは、無理矢理掴まれているせいで、声を出すことすらできず、青い顔のまま、どうかカルサイトが落ちないことを祈りながら、早く人形に止まってほしいと祈るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます