魔法再誕編
オブシディアン洞窟
無事にカルサイトから借りてきた守護石が強化できたのを確認し、元来た道を戻ろうとする中。
最後にシトリンは、グノームに尋ねる。
「あのう……どうして、教会の人に力を貸すんですか? 帝国だと、教会は迫害されていたからですか? 帝国が、昔異種族を迫害していた記録があると、伺ったんですけど」
「人間の理由や理屈は知らないけど、わしらが力を貸しているのは、単に仲のいい連中が困っているみたいだったから、力を貸した。それだけのことだよ」
「そう……なんですか。あの、ありがとうございました」
シトリンがペコンと頭を下げると、ジャスパーと一緒に帰っていった。
グノームは小さく手を振って、帰っていくふたりを見送っていた。
もうこの時代、人間と異種族の交流が途絶えて久しい。しかし何百年ぶりに出会った人間は気持ちのいい者たちであった。
しかし。
自分たちを迫害していたのもまた、人間だということをグノームは知っている。
無事に守護石の強化が完了しても、それで上手くいくのかはわからない。
人間に怒りを燃やしている者たちは、人間が結界を強化するのを手伝わないどころか、結界が破れたのを見計らって、人間たちに復讐しようと怨念を燃やし続けている者たちだって存在するのだから。
「……あの子は未だに力の制御はできんみたいだが、悪いようには転ばないさ」
シトリンがいるのならば、おそらく大丈夫だろうと思いながら、グノームは作業へと戻っていった。
世界の危機の前でも、日常は存在するのだから。
****
おいしょおいしょと元来た道を登ったところで、ようやく低い天井が高くなる場所へと出た。
「戻ったよー。はあい、カルさん守護石。ちゃんと強化できたみたいだよー」
「おっ、ジャスパーありがとな。シトリンも無事か?」
カルサイトが心底ほっとしたような顔をしたので、シトリンもにこりと笑う。
「はい、大丈夫です。向こうに、グノームがいました」
「……ん、グノームって、小人のグノームか?」
「はい」
シトリンとジャスパーが、洞窟の向こうで出会ったグノームから聞いたあらましを語った。
そして、皆がちらりとシトリンの胸を見る。彼女の賢者の石が生えている場所だ。
「うーん……そいつが嘘ついてる……っていうのもないよなあ。嘘ついて騙すメリットもねえし」
カルサイトは困ったように頬を引っ掻きながら、ラリマーを見る。
シトリンが魔法の力を持っていると聞かされても、彼女は相変わらず普通の田舎娘であり、なにか突出するところが見出せないのだ。強いて言うならば、彼女はお人よしの部類なのだが、そのお人よしも突出しているかというと、なかなか難しい。
一方ラリマーはというと、表情が硬い。
それを見ながら、シトリンはおずおずと口開く。
「あのう……私が魔法を使えるっていうのが、よくわからないのですが……ラリマーさんはご存じですか?」
「……そう、ですね。もうあなたが知ってしまった以上はお話したほうがよろしいでしょうが。能力を教えなかったグノームと同じく、あなたの力は知らないほうがいいかと思います」
「えっと。それは教えてくれたグノームも言ってましたけど。でも、これ役に立つんだったら、使えたほうがいいかなとも思ったんですが」
「そうですねえ……」
ラリマーは全員の顔を見る。
いきなりシトリンが魔法が使えると言われて、カルサイトは目を丸くしている。一方トリフェーンは目を細めている。おそらく彼は最初から彼女を戦力として勘定に入れていない。あくまで彼は帝国機関の人間であり、カルサイトのような元々何でも屋をやっていたような人間以外を戦力として入れる気はないのだろう。ジャスパーだけはいつもの調子で目をくるくるさせながら、話の続きを待っている。
それを見計らって、ラリマーは深く息を吐いた。
「ひとつは、もうこの時代では力の制御方法が残っていません。帝国錬金機関であったら魔科学の研究の一環として残っているかもしれませんが、いち個人による制御法が残っていないんですよ。もうひとつは、シトリンさん。あなたの性格です」
「え?」
シトリンもまた、キョトンとした顔をする。その表情に少しだけ顔を和らげながら、ラリマーはできる限り言葉を選んで伝える。
「あなたは帝国機関の銃撃戦で、平気で構成員のカルサイトくんをかばってしまうお人よしですからね。善性が強いのはいいことです。ですが、それは自分の身が守れてこそ発揮されるものです。あなたは自分自信を守れないのに、飛び込んでしまう。もしあなたが魔法の力を持っているからと、平気で自分の身を盾にするようなことがあってはいけませんから」
「わ、私……そこまでのことは……」
褒められているのか怒られているのかわからないものの、シトリンがパタパタと手を振るが、周りの視線は冷たい。
「いや、そういうところあるだろ。シトリンは」
「あるよー。ローレライのことでぐずったのはシトリンじゃない」
「……民間人がわざわざ戦おうとするな。逃げてくれたほうが嬉しい」
全員ラリマーと同意見だったことに、シトリンはしゅん。とする。
ラリマーはそれに「まあまあ」と宥めてから続ける。
「そんな訳で、あなたの力のことを制御できない以上、教えることはできません」
「そうですか……わかりました」
納得ができている訳ではない声を上げるシトリンに、カルサイトはポン、と彼女の頭に手を置く。
「まあ、戦うのは俺たちに任せておけって。お前は、俺たちのストッパーになってくれたほうが嬉しい」
「……私が、皆さんのストッパーですか?」
「危なっかしいのがひとりいたら、放っておいたら死ぬから、そう簡単にこっちも危ない橋を渡ろうとはしなくなるからな」
そう軽口を叩かれ、思わずシトリンは笑ってしまった。
カルサイトなりに慰めてくれているのだろう。そう胸が温かくなるのを感じながら、皆で洞窟の出口を目指す。
出口に辿り着き、車に乗り込む。
次がいよいよ最後のクリスタルのある、オブシディアン洞窟だが。
さっきの軽口は一転、カルサイトは表情を消して、銃の引き金に指を当てながら、外を見ている。トリフェーンもまた、外を見ている。
シトリンは自分の胸に手を当て、周りを見る。
この辺り一帯から、何故か音が消えているのだ。
「オブシディアン洞窟は、帝国最北であり、人里からも相当離れた場所ですからね」
ラリマーはそう言いながら、全員に地図を見せる。
地図に赤い線が書き加えられている。それはおそらく、ラリマーがルビアから聞き出した、教会の信者たちの隠し通路だろう。
ここから先は、帝国機関と鉢会う危険と向き合わなければいけない以上、最後のクリスタルの破壊が終わったら、いずれかの道を使って脱出しなければ、なにかしらの危害が加えられる可能性がある。
その地図を見ながら、トリフェーンが一部の道を指さして、首を振っていった。
最後に残った道は、ふたつ。
「……最悪の場合、二手に分かれて、サンストーンで落ち合うって感じか」
「ええ」
車に乗って先行するほうと、徒歩で向かうほう。
本来ならば全ての場所で育てた守護石を持つカルサイトを車で先行させるべきだが、帝国機関が待ち伏せし、道を閉鎖されたら詰む。
だとしたら、徒歩でサンストーンに向かうべきだが、その場合結界の修復に間に合うのかどうかが未知数だ。
腕を組んで悩んでいる中、ジャスパーが硬い声を上げる。
「話の途中で悪いけど、そろそろ暗くなるよ。明かりどうする?」
顔を上げると、真っ暗な穴が口を開けているのが見えた。
オブシディアン洞窟。帝国最北端のそこは、大昔はペリドット鉱山のごとく鉱石発掘のために人の行き来があったらしいが、今は閉鎖されて久しい。草木が生えない場所で、鉱山として機能しなくなってからはすっかりと人気が途絶えている。
「……消してください」
「りょうかーい」
ジャスパーは熱源ゴーグルを嵌めると、運転を再開させた。
ここから先のことは、クリスタルを発見してから考えなければいけないことだ。
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