皇帝陛下
湖畔の都ロードナイト。
現在の皇帝の居住地で、何故か帝都スフェーンから離れた、閑静な都に住んでいる。
公式の発表では、皇帝は病気を患い、静養のために帝都を離れているという話になっているが、少しでも帝都に住んでいた者、ロードナイトに住まう者はその話を信じてはいない。
皇帝陛下と帝国機関が対立している。
表立って誰も指摘しないだけで、この話は誰もが囁いている話であった。
しかし一般人は、そもそも帝国の各機関に出向している、ほとんどの機関を掌握している帝国錬金機関の存在を知らない。
正確には、皇帝陛下と帝国錬金機関が対立しているのだが、このことを知っているのは、皇帝陛下の懐刀である、帝国諜報機関くらいのものだ。
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「陛下、デュモルチェライトから嘆願書が届きました」
ほとんどの政治系統は、現在は帝国機関が掌握している。皇帝の仕事は、帝国機関の決めた物事を拒否することくらいのものだが、それでも皇帝の仕事は多い。
部下からの嘆願書に目を通し、「やはりか」と呟く。
「……本当に余計なことしかせぬな。帝国錬金機関は」
「どういたしますか。そもそも、奴らは権限を持ち過ぎ、他の帝国機関からも嘆願書が届いておりますでしょう。あれを野放しにする訳にもいきませぬ」
「ああ……しかし、あれを廃止する訳にもいかぬのだから、悩ましいところだな」
帝国諜報機関に所属し、現在有給休暇を消費中の部下からも、逐一報告は入っていた。
蒸気機関が発達した今でもなお、鳥を使った手紙のやり取りが一番機密性が高いというのは皮肉な話であったが。
皇帝は嘆願書を全部読み終えたあと、黙ってそれを皿に乗せ、火にかけた。内容は全て覚えた。
「決着を付けねばならぬな。いい加減に」
「……どうなさるおつもりで?」
「ただの政治だよ。帝国錬金機関を本来の役割に括り付けるために。あと、スフェーンに存在している教会、あそこの神官を召喚するように」
「……神官文字解読のためですか?」
「あちらには相当嫌われているだろうがな。帝国は教会を強く迫害したのだから」
皇帝も、なにも帝国錬金機関の持つ権限が強いから放置している訳ではない。
彼らは、世界を覆っている結界が修復されたとき、必ずやってくる燃料不足の問題に取り組んでもらわねば困るのだ。今まで自由にさせてきてはいたが、そろそろ手綱を締めるときであろう。
そして教会。何百年も前、たしかに教会の権限を国内で強く行使されては困るのだから、弾圧して、国内から締め出すことしかできなかったが、既に時代は変わっている。
人間、恨みつらみは忘れぬもので、それらは世代を超えても残るものだが、段階を踏んで、少しずつ歩み寄ることはできるはずだ。
人間は残念ながら、そう簡単に文明を退化させることはできない。今までできたことが急にできなくなってしまうことに、なかなか感情が追い付かないものなのだから。
だが、緩やかに感情を落ち着かせることはできる。
そのために政治が存在するのだから。
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