洞窟のグノーム

 スカートが洞窟に引っかからないように気を付けながら、シトリンは先をランタンを持って進んでいくジャスパーについていっていた。


「うーん……こんなとこにどうして教会の人もクリスタルを隠したんだろうね? たしかにこんな奥まで帝国機関の人は入れないとは思うけどさあ」

「どうなんでしょうね……それに前にトリフェーンさんと一緒にいた男の子みたいな子も、帝国機関にいるから、全員入れない訳ではないような」

「それもそっかあ。でもこんなに細い場所だったら、昔のほうがもっと服の装飾がゴテゴテしてたのに、ますます女の人しか入れないと思うんだけど」

「そういえばそうですね……」


 シトリンやルビアほど服が簡素な昔の人といったら、それこそクリスタルのような巫女くらいではないだろうか。

 ふたりで首を傾げながら辺りを見回す。この辺り一面は、人の手が入っていないらしく、天然の洞窟で、ごつごつとした岩肌にも手が入ってないように思える。


「多分地図だと、このあたりのはずなんだけど……クリスタルはどこなんだろう……?」

「あれ……?」


 シトリンは耳を澄ませて、一瞬耳を塞いでから、もう一度耳をそばだてる。その彼女の行動に、ジャスパーはきょとんとする。


「シトリン? なんかあった?」

「あのう……なんか音しませんか?」

「えー……ここ、おれたちしかいないはずなのに。こんなところに帝国機関の連中が来ても逃げれない……」


 そこまでジャスパーは口にし、シトリンが指摘した音に気が付く。どう聞いても、カーンカーンと音が響き、サクサクと土を掘っている音が聞こえてくる。

 それはちょうど、この鉱山の別の区画で行われているような、採掘作業の音のようだった。


「ちょっと待ってよ。こんなところで採掘なんて行われる訳ないじゃん。だって掘っても運べないし……」

「でも……だとしたらこの音はいったい……?」

「と、とりあえずシトリン。一旦ランタンはここに置いて! これ付けて!」


 ジャスパーは慌ててランタンを地面に置くと、シトリンにゴーグルを差し出した。そして自分もそのゴーグルを嵌める。


「あの……?」

「これ、物の体温で見えるようにするゴーグルだから、明かりがなくっても大丈夫だから! クリスタルの近くにいる奴らが敵かどうか確認してから行こう」

「は、はい……!」


 シトリンは言われた通りにゴーグルを嵌めると、ジャスパーと一緒に足音を殺して歩きはじめた。

 だんだん音が近付いてくる。

 ジャスパーと一緒に恐々と岩肌から盗み見て。目が点になった。

 そこには三頭身のひげをたらふく蓄えた老人のようななにかが、一生懸命つるはしを岩肌に打ち込んでいたのだ。

 グノーム。絵本でしか見たことがない、小人である。


「……ちょっと待って。なんでこんなところにグノームがいんだよ……! クリスタルは!?」


 ジャスパーは頭を抱えて、しゃがみ込む。シトリンは隣で座りながら「ええっと……」と言う。


「前に子供のローレライに出会ったみたいに、グノームも魔法の復活のせいで生き返ったというのはどうでしょうか……?」

「でもさあ。前はローレライは封印に巻き込まれていたじゃん。おれたちが普通にここまで来られたってことは、ここには多分封印用の結界なんて張られてないんだと思う。やっぱおかしいって」

「うーんと……結界の綻びが広がって、封印が関係なく、魔法が存在していた頃の生き物が復活したというのは、どうでしょうか……?」


 シトリンもラリマーほど物事に詳しくはないが、詳しい人たちの話を聞いていたら、少しくらいは考えるようになる。

 ジャスパーは「ああ……」と言う。


「……グノームは絵本とかでも、せいぜい鉱山で石掘ってるくらいで危険はないみたいだからいいけどさあ。巨人族とか、もっと人間のことが嫌いな妖精とか。そんなのが各地で復活したらまずいんじゃないかなあ……」

「そうですよね……」


 ロードナイトには大量の石碑が存在していた。巨人族を討伐した際の慰霊碑らしい。あれだけの数の巨人族が復活したら、皇帝は無事で済むものではないだろう。

 ジャスパーは「さて」と告げる。


「グノームに攻撃されたら、そのときはそのときで考えるけどさ。クリスタルを壊さないといけないんだから、行かないとだよね。シトリンどうする? おれひとりで行ってきてもいいんだけど」

「あ……行きます! ジャスパーだけに行かせるのは……!」

「うん。じゃ、ふたりで行こっか」


 ジャスパーはひょいとシトリンの手を引きながら、採掘に没頭しているグノームに軽く声をかけた。シトリンは彼と繋いでいる手をじっと見た。

 ……震えている。元々ジャスパーは技師だ。カルサイトやトリフェーンほど勇敢なタイプでも、ラリマーほど博学なタイプでもない、帝都の時計塔を整備していた、普通の少年だ。いくら三頭身とはいえど、得物を携えている相手とやり合える度胸も技量もない。

 シトリンは彼を励ますように、手に力を込めた。戦わない方法を考えるしかないのは、彼女も同じなのだから。

 ふたりで手を繋いで、カーンカーンとつるはしを振るっているグノームのほうへと向かう。


「はーい、精が出るよねー」


 ジャスパーが軽い調子で挨拶をすると、グノームが振り返った。


「なんじゃい、こんなところに人間かい?」

「うん、そうだよー。お使いでクリスタルを壊しに来たんだけど、ここにグノームがいるからびっくりしちゃったの。おれたちの歴史だと、もう何百年前に姿を見せなくなっちゃったはずなのに、どうしてここにいるんだろうねーって、今話してたとこ」

「ああ……そういや、よそではそうだったかのう」

「ええ、よそって。ペリドット鉱山だと違うの?」

「そうじゃのう……」


 グノームは作業の手を休め、こちらにちょん。と座った。そしてジャスパーとシトリンを交互に見て、「ほっほ」とひげを揺らして笑った。


「巫女姫様と約束じゃて。わしらは代々、結界を守ってきておったのじゃよ。最近薄くなってきて、巫女姫様のおっしゃっていたクリスタルを取りに来るものはまだかのうと、待っておったのじゃが」

「あのう……巫女姫様って誰ですか? クリスタルさんのことですか?」

「クリスタル様は違うぞ。あの方は、巫女姫様に使命を任されて、自身の力を各地に埋め込んだだけじゃ」


 シトリンとジャスパーは顔を見合わせた。

 どうにも、自分たちの聞いたり推測したりした話と、真相は異なるようだ。


「ええっと。おれたち、そのクリスタルって人に言われて、各地を回ってクリスタルの回収と守護石の強化をしているんだけど。何百年も前に、妖精とか巨人族とかはいなくなったって聞いていたんだけど。それで結界の綻びのせいで、活性化して各地で魔法が復活しているって」

「ほうほう……なーんかわしらの聞いている話と違うのう……?」


 どうもグノームは人間が嫌いではないらしい。


「どうしよう、もうさっさとクリスタル回収して守護石強化したら、それで終わりなんだけど。この人の話、結構重要っぽいんだけど」

「は、はい。私たちでは全部わからないかもしれませんけど、一応聞いて、ラリマーさんに精査してもらいましょうか……」

「だよねえ。なんか前提知識が全然違うもん……あの、教えてよ。だとしたら結界って結局なんなの? 妖精や巨人族って、今もいるの?」


 グノームはひげをさすりながら、ジャスパーの問いに答える。


「そうじゃのう……結界のせいで、弱ってはおるな。わしらも大昔はもっとできることが多かったものの、今は穴を掘るくらいしかできなくなったし。妖精や巨人族も、隠れ住んでいるだけで、今もおるぞい。でも結界が破壊されたら、あれらはすぐに人間に襲いかかるじゃろうから、早急に修復することをお勧めするぞい」

「やっぱりそうなんだ……その巫女姫って人は、グノームと仲がよかったの?」

「あの方は、世界に結界を張り巡らせたあと、各種族と人間の架け橋になるよう、あちこちを飛び回ったからのう。もっとも……人間に根深い恨みを抱いとる種族とは、決裂したままじゃったがのう。一部の種族は、今も巫女姫様との約束を守って、こうして結界を守っておるよ」

「そうだったんだあ……ねえ、おれたち、クリスタルに言われて、ここまで守護石育てたよ。それ壊して、強化して、結界を修復に行きたいんだけど」


 ジャスパーの言葉に、グノームはひげをさする。


「そうさのう」


 そう言いながら、ゆっくりとシトリンを見上げた。シトリンはきょとんとする。


「あのう……?」

「難儀な力を持っておるのう、お前さんも。クリスタルはこの辺にあるはずだから、適当にお取り。もうちょっとしたら最後のクリスタルを取りに行くんじゃろうが、あそこは迷路になっておるから、明かりを絶やさぬようにな」


 そう言って、グノームは作業に戻っていった。

 シトリンは驚きながら、ワンピース越しに胸に触れる。自分は魔法なんか使えない、普通の人間だと思っていた。


「あ、あの……! 私、なにか魔法を使っているんでしょうか!?」


 思わず声をかけていた。ジャスパーは目を大きく見開いて、彼女の顔を見ている。

 グノームは穏やかに言う。


「……お前さんの力は、人のために使わねば不幸を招く力じゃよ。その力の正体を知らぬほうがいい」

「で、でも……私。いつも皆に助けてもらってばっかりで……私ばっかり、なにもできないのは嫌で……」


 シトリンのしどろもどろの言い方に、ジャスパーは「ええー」とのたまった。


「おれ、別にシトリンはそのまんまでいいと思うんだけど。というより、今でも無鉄砲なのに、ちょっと力持ったからって、無鉄砲さに磨きがかかったらものすごく困るんだけど」

「わ、私。そんなつもりは……」

「あぁあ、自覚がないんだったら壊滅的じゃん。シトリンがおろおろしてるおかげで、格好付けたがりたちがええかっこしいな行動取るんだから、それでいいんだと思うよー」


 そう言いながら、ジャスパーはきょろきょろし、半分以上埋まっているクリスタルを見つけた。


「あ、見つけた見つけた。シトリンシトリン。これ壊そう。これでカルさんの分の強化もできるんだよね」


 ジャスパーがマスクと手袋を嵌めたのを見届けてから、シトリンは持ってきたトンカチで、クリスタルを割る。途端に強く光り、それはカルサイトのブレスレットと、シトリンの胸になにかが吸い込まれていった。

 グノームはふたりのやり取りを「ほっほ」と笑う。


「頭で考えても、なにもわからんよ。意味などどうせ、後からついてくるのじゃから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る